あかんたれブルース

継続はチカラかな

気のいい女。私の姉貴

 夕食の途中で携帯が鳴った。真理さんからだった。



 先月の末、真理さんからのハガキ。

 住所変更のお知らせに、「訳あって現在一人暮らし」とあった。

 結婚して大阪に行ってしまってから20年近く年賀状だけの付き合い。

 彼女は私の前の会社の先輩で三歳年上でした。

 私が妻との別れ話のもつれから、なぜか妻の就職面接についていき、
 友人の作品を自分の作品と偽って提出。結果、妻は落ちて私が合格。

 その作品の裏には友人の名がしっかり記されていてバレバレだったようですが、
 真理さんの「今度入れるなら男の子がいいな」の鶴の一声で決まったことを
 後からしりました。

 彼女は私の人生の恩人です。そして姉だ。

 電話してすぐ彼女は出てくれました。たまたま休みだったと。
 本当は月曜日が休みなのだそうです。

 懐かしい声。変わらない真理さん。
 でも、私の予想通り、別居中。原因は夫さんの躁鬱。
 長期間の修羅場があったようです。知らなかった。
 一人息子が今年、二十歳になったことから具体的な行動にでたのだとか。

 力一杯のエールと爆笑想い出話。
 彼女が失恋して仕事をほっぽり出して前の不倫男のもとへ出奔したこと。
 その失恋の傷を癒そうとカラオケ大会でみんなが酔いつぶれたこと。
 彼女が飼っていたネコを会社に持ってきて重要書類をかみ砕いたことなどなど。

 よく憶えているわねえ。ワタシすっかり忘れているわ。
 コロコロ笑う真理さんは昔のまま。女51歳。もうひと花咲かせたいといいます。

 その意気その意気。
 気のいい女。相変わらず、昔のままです。


 よし、毎週月曜日には電話してやらんと。喝を送ろう。と私は誓った。が、

 母親の上京などあって3週、間が空いてしまいました。
 それで午前中電話したけれど、出ない。今日は研修だったそうです。
 私の着信履歴を見つけて彼女の方からかけてきたとい次第です。

 現状、時給700円の職場から800円の職場へ。そのための休日返上の研修。
 別居は昨年の九月からで、もう半年も経っていました。
 離婚の決意は固いのだけれど、夫さんの症状が回復するまで
 自分からは切り出せないと。
 周囲はそれを充分理解しているのに、夫さんだけがやり直せると信じている。

 そんな話が面白可笑しい会話のなかに盛り込まれて小一時間。

 歳月は人を変えますが、真理さんと私は何も変わっていない錯覚に陥る。

 あの頃、彼女と一緒だった原宿セントラルアパートの三年間は
 私の青春そのものだったなあ。残業、徹夜の日々だったけれど、
 深夜に仕事が一段落すると彼女の掛け声にみんなで新宿渋谷に繰り出したものです。
 そして、お決まりは彼女のマンションへみんな合宿。
 
 一度はふたりっきりの時もあったっけ(汗)。途中で怪しい空気が流れましたが、
 大丈夫ですよ(汗)。朝になって真理さんからほめられた。
 「馬太郎君、その凡庸さ寛容さは貴重だよ。大切にしなさい」
 よろこんでいいのか、複雑な、心持ちでしたね(笑)。

 そんなことを考えていたら、陽気な会話のテンションに、ふと心のバランスを崩してしまった。
 いままで知らなくてごめんなさい。

 真理さん、頑張って。と言おうとして、嗚咽してしまったよ。ちくしょう。

 沈黙の後に

 馬太郎君も頑張ってね。とやさしい声が聞こえた。

 真理さん、幸せになってね。応援してるから。
 声にならない想いを互いが確認しあって電話を切りました。
 また、電話するよ。

 ははは、元気付けようと思っていたのに逆に元気をもらったようだ。
 放っておけない危うさはあっても、いつも明るさを失わない真理さん。
 コップ3杯のお酒があれば私はなんとかやっていけるという
 私の姉貴。



 みんな、色々あるだろうけれど、幸せになろう。