愛の中耳炎
ということで今回のテキストは『大阪しぐれ』です。
本日は坂本冬美バージョンをまず聴いてみて。
http://www.youtube.com/watch?v=TX2pvubOF9k&NR=1
都はるみの搾り出しもいいけれど
坂本冬美のカスレもいいよね。双璧甲乙つけがたし。
では、一枚目の
「一人で生きてくなんてできない」
初っ端から核心のストレートパンツ丸見せだ。
作詞の吉岡治は偉い。
しかしだ、そんなことわかっているわかってるって
言うくせにわかっていない人が多すぎるようです。
我が儘で身勝手で傲慢ときている。
昨今いわれてる個人主義のはき違えもこのあたりからでしょう。
自分ひとりで大きくなって自分ひとりで生きている
そんな思い上がりの罠にはまっている。
もっとも、それを確信犯でやってる度胸のある豪の者は少ない。
みんななにかしら言い訳してはど壺にはまってる
と思う。違うだろうか。
ついついそういう錯覚に陥るんでしょうね。
気をつけないといけない。
ということをこの『大阪しぐれ』は教えてくれます。
ダメっていってるんじゃない。
「できない」って言い切っているわけだ。ここがポイント。
それをさ、
「それは別れ話に気が動転した女の泣き言だろう」と
解釈すればそこまでです。
本日の歌には下手なナレーションが付いていましたが
そこに「わたしの気持ちは本物だった」ってある。
ということは、だいたい82%は偽物というわけです。
いつも本物だったらいいけれど、
あの時は、本物だったと意識できるほど
それは希少価値のあるものなんだろう。
そういうことを意識することがまず己に誠実であるって
ことでもあるよね。
だいったいいつでもどこで本物本気でいけないんだ。
そういう場をもつことが大切なんでしょうね。
それが恋愛というものだと思う。
問題はその恋愛にも本物とそうでないものがある。
こういうと、
「どんな恋愛でもそのときは本物です!」
と抗議してくる人がいますが、
そんなことはありません!
そこに驕りがあるのではないかと、わたしは思う。
本気で
他人を好きになったり
愛したりは
できない。
だかた、尊いのだと思う。