あかんたれブルース

継続はチカラかな

不思議な犬の話



金曜日から旅を打ちます。
パソコンのない環境なのでしばらく
更新できないかもしれない。

美咲のことが気にかかる人もいるようなので
わたしと美咲のことを今日と明日の二部にわけて
アップしておきますから
留守の間それでカンベンしてね。


不思議な犬の話
美咲とわたしのお話(1)


 子供を持つ気持ちはありませんでした。
 一番の理由は
  親になる自信がなかったからだと思います。
 派手に気楽に楽しく生きていければいいと、
 そんな曖昧な人生を送っていました。
 毎日のように
 飲み屋をハシゴして、酒を飲むことが
 仕事だと勘違いしていたものです。
 ところが、三十五歳を越えたあたりから、
 何をやっても物足りない。
 そして、街角で見かけるヨチヨチ歩きの幼児に
 視線がいきます。

 可愛い。

 正直、こんな感情はいままでわかなかった。
 そんな頃の寒い晩でした。
 いつものように飲んでの帰り道。
 割合に早い時間帯だったと思います。
 地元の駅からフラフラと家路を目指していると
 小さな犬と目が合いました。
 黒い小型犬。雑種でしょうか、
 見慣れない犬種だった。
 お腹が大きい。乳も張っている。
 妊娠しているようです。
 ガード下の居酒屋の店員から
 何か餌をもらっているようでした。
 それを眺めていたら、私の方に近づいて来る。
 もらった餌では足らなかったのでしょう。
 鼻面をなでるとシッポをふって私の手を舐めたりする。
 その健気さに情が生まれたのでしょうか、
 「ここで待ってろよ」
 と近くのコンビニに引き返して、
 唐揚げを買ってきました。
 辛くないやつです。
 私のさっきのテレパシーが通じたようで、
 母犬はまだその場に座って待っていてくれました。
 人通りはなくても声には出せないものです。
 狭い道なので車は来ないのですが、
 道ばたの脇の電柱の側で餌をあげました。
 しゃがんでその食べっぷりを眺めていたんです。
 母犬はアッという間に平らげてしまった。
 もう一度、コンビニに戻って
 ソーセージを買って来ました。
 さて、それをあげて、ふとあたりを見渡すと
 なんとも寒々しい。
 こうやって誰かから餌をもらって
 この母犬は子犬を生むのか。
 最近は野良犬なんて珍しい。迷い犬なのでしょうか。
 首輪もしていないし、
 さっきの居酒屋で飼っているようでもない。
 と、足元から視線を感じた。
 おい、そんな目で見つめないでくれよ
 なんか少しの間に情が移ってしまったようです。

 おまえ、うち来るか?

 そして私は家に向かって歩き始めます。
 振り向いて
 手招きするとついて来る。
 まあ、飼うのは無理かもしれないけど、
 うちのベランダでお産するのもいいかもしれないと、
 多分少し酔っていたんでしょう。
 そんなことを考えながら、ふり返りふり返り。
 ちゃんとついて来ます。シッポをふって。
 餌には不自由しないだろうし、
 このガード下よりましかもしれない。
 その後はその後でどうにかなるよ。
 ところが、大通りの横断歩道に来ると
 ピタッと彼女の足が止まっている。
 あれ? っと引き返してみると、
 じゃれつくように私の手を舐めるのですが、
 信号は赤に替わってしまった。
 それを何回も何回も繰り返して
 道路を渡らせようと試みますが、
 どうしてもそこから先に行こうとはしない。
 そして、私は彼女を見失ってしまった。
 もう一度引き返して探そうと、
 横断歩道の中程まで渡って、
 気持ちを変えました。
 あの横断歩道をどうしても渡れない理由が
 彼女にはあるんでしょう。
 そんなことを考えながら夜道を歩きました。

 寒い夜でした。
 月が燦々と瞬いている。
 それからしばらく経って妻が妊娠しました。
 私は父親になるのです。