あかんたれブルース

継続はチカラかな

♪私の私の母は、パクられえたあ



昨日、墓参りを済ませると幸子が母親に
ケータイで電話報告します。
これが私たちのお約束で
それが母親を喜ばせる、まあ親孝行の確認作業さ。
これも私たちの墓参りの動機のひとつです。

「母ちゃん いま兄ちゃんと墓参りしたよ」

なにやら話していましたが
幸子がゲラゲラ笑いだした。
またお茶目なことでも宣まったかな小悪魔婆

報告を終えて幸子が言うには
「母ちゃんたら、大きな声では言えないけど
 実は母ちゃんも今朝墓参りに行ったのだって」

「大きな声で言えない」ことなのか(汗)
日本語の使い方違うんじゃないか(苦笑)

まあねえ、85歳
尋高等小学校卒なのでいまでいえば中卒。
(正確には四年四年だから中二まで)

どこに出しても恥しい私たち母親ですが
その頓珍漢に私たちは頭を抱えたり
笑わせられたり・・・面白い母親だ。

母が尋常小学校を卒業したのが十四歳
大垣の軍事工場に就職してけれど
終戦で帰ってきた。
地元も空襲にやられて焼け野・・・
母はこの頃十五、六ぐらいかなあ
母は九人兄弟の上から二番目で
姉は嫁いでおり、下に七人の弟妹がいました。
一家が生きる手立てとして
祖父は大釜を手に入れると海岸にそれを持っていき
祖母と共に海水を汲んでそれを釜で煮る。

塩を造るのだ。

塩が出来るとそれを熊本や久留米の農家にいって
米と交換するのです。闇市、違法行為、犯罪だ。

その役を十五歳の乙女の母が担った。

背中に一斗(18リットル)の塩を背負っていくと
倍の米、つまり二十升の米になったそうです。
その半分を熊本市内で売って現金にして
一斗の米を背負って現金をもって帰ってくる。

合計36回往復したそうです。
うち3回、警察にパクられたそうな(汗)

前科まではついていないでしょうが
わたしの母のやったことは褒められたものでは
ないでしょうねえ。
なんだかんだ「犯罪でしょう!」と
いって糾弾してくる人もいるかもね。

わたしは別に気にしませんが。

わたしは小さい頃から
そういう母の武勇伝を聞くのが好きでした。
なんか母親が冒険小説の女盗賊のようで
わくわくしたものです。

でもこの3回の経験は
母には嫌な想い出だったみたい。
合計36回で母の冒険は終止符が打たれ
京都の山科の紡績工場に再就職した。
そこでまた面白いエピソードを
作ってくれるのですけどね。


広島少女リンチ殺害事件

加害者たちは当時のわたしの母親と同じ
ぐらいの年齢です。
そして、
現在のわたしの息子と同じぐらいの年齢だ。

わたしは考えてしまう。
いま息子は夏休みはじめての休日
つまり部活の練習、遠征会、合宿で
はじめての休日で
リビングで寝転んでラインかパズドラ
なんだかをいじってる。

平和とか豊かさとか教育とか
いろいろなことを考えてしまいます。

どんな環境であろうとも
そのせいだけにはできない。
なにかのだれかのせいにはできない。
そういう厳しさがいまの日本には欠けている。

それは山口県で起きた惨劇
その動機となった
陰湿な村をあげてのいじめ
(わたしはこの加害者に同情するよ)
も含めて
日本人すべてが反省すべきことだと思う。
殺人以上に酷いことが
平気で罷りとっている社会がある。

もうすぐ終戦記念日です。
平和の在り方を
もっと真剣に考えたほうがいいと思う。