あかんたれブルース

継続はチカラかな

『バッチギ!』で思う在日との差別と対立

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 在日や被差別部落の多い地域ならば比較的にその存在を意識することでしょう。
 地域によっては知らない人はまったく知らないでしょうが。
 企業はそれらの出身者を入社させることをためらいました。
 ひとつにはその解放運動や庇護者となる団体を問題視することあるのでしょう。
 こうなるとイスラエル問題同様に混沌としてしまいます。

 『バッチギ!』という映画をご覧になりましたか?
 日本人少年と在日の少女を描いた純愛青春ドラマでした。
 監督の井筒和幸は四半世紀前に『ガキ帝国』という(ヤンチャ不良少年を描いた)作品で
 在日朝鮮人の少年たちを描いていました。(古いな)

 両方いい作品です。未観でしたら是非どうぞ。
 あっ、『GO』も原作映画双方最高なのでこちらもお薦めです。画像も追加

 『バッチギ!』は感動しましたし、考えさせられました。けれども。
 考えた挙げ句に、だけどなあ、と。まあ考えさせられたから捻りだしたのでしょうが。
 朝鮮高校と民族系や硬派日本人学校との衝突は私たちの頃からありました。
 絶対値として日本人が多いので少数派の在日側は徒党を組むというか結束力は抜群。
 目には目をでその報復も三倍返しでエゲツなく、恐れられました。
 (肝試しのようなものでしょうか。そうなると敢えて挑戦するんでしょうね)
 映画では紹介されていませんでしたが、割り箸を二本鼻腔にぶち込む洗礼は有名でした。
 鼻が5倍ほど腫れ上がり鼻血はバケツ一杯でるとか。
 ただ、映画では仕掛けるのは日本側(京都はそうだったのか)オンリーでした。
 この対立抗争はそれこそイスラエルパレスチナであり、このブログでも以前書きましたが、
 仕掛けたのはアラブ側が先で、この問題も仕掛けたのは日本側が先なのでしょう。
 けれども、その原点をどうこう言うのではなくそのシチュエーションが一方的になる点に
 ある危惧を感じてしまいます。その点で井筒監督を責めるのは酷だとは思いますが。

 ストーリーの後半で放送禁止歌謡曲を流すことでプロデューサーとの対立があります。
 抗議するプロデューサーの台詞には、政府(国家・政府)と東芝EMI(企業)の間に
 韓国政府、韓国公安、民団がありました。
 この箇所は非常に重要だと思います。(時間軸ふくめて考えてみてくださいね)
 現在、韓国と北朝鮮は非常に友好的です。
 統一できるのであれば是非そうして欲しいと思います。
 日本や日本人はそれを邪魔はしません。
 日本にも政府や国益があれば、韓国や北朝鮮にもそれはあるでしょう。
 在日韓国人朝鮮人の場合はまた複雑であることも理解できます。

 道路交通法が改正されるまで、日本中で「暴走族」が大量発生した時期があります。
 すでに30年近い前となります。(これはオイルショックと関係しますが別で記事にします)
 その頃、東京下町の足立荒川を拠点に「極悪」という喧嘩専門の暴走族があって、
 当時都内最大勢力を誇る「スペクター」と対立抗争を繰り返していました。
 この武闘派集団「極悪」に恐れられた暴走族がおなじ足立区にあります。
 「本木連合」がそれで、連合とは在日と日本人の連合です。(数は少ないが超武闘派)
 後年、ある関係者から聞くと「あれは西新井と本木の連合だった」と(涙)いってましたが、
 まあ、この集団が在日と日本人の青少年から構成されていたことは間違いありません。
 本木は在日の多い地域で北野たけしの「菊次郎とさき」の舞台の近くです。
 (ここでいうのはその地域を特定してどうのこうのでは決してありませんのであしからず) 

 泉谷しげるの古い歌に「ひとつ山を越えると余所行き気分」という歌詞があります。
 同じ、地域、学校、友人の輪という共同体で差別はさほどないものです。
 いったい、日本人はいつから大陸や半島の人々に差別意識を持つようになったのでしょうか?
 この疑問に対して、先日、友人から意外な事を聞きました。
 また、長くなったので次回にします。