『GO』の主人公はパチンコ屋の景品交換を生業にしていました。
私の知人もこれとまったく同じ境遇で物心つくと母親に連れられてやくざの事務所を訪れていた。
とのことです。
パチンコ屋と在日の関係は深いです。
映画『仁義なき戦い』に新開(三上真一郎が演じた)という人物が登場します。
実話では新居勝巳という人物です。
私はよく分からなかったのですが三上はこの新開を在日朝鮮人という設定で演じていて、
その台詞訛を笠原和夫は後に絶賛しておりました。
劇中、呉を制覇した山守組がヒロポンを通じて第一次黄金期を謳歌しますが、
それとは別に戦後のパチンコブームでの恩恵も見逃せません。
これは山守組つまり、実際の山村組の関係者に多数の在日韓国・朝鮮人がいた証ですね。
被差別部落の件は第二作『広島死闘編』で扱いますのでここではふれませんが、
やくざという集団は在日、部落、貧民層や地域の問題児などの受け皿だったようです。
地域の問題児とは性格的な問題も含めて、所謂「厄ネタ」とされる者たちです。
親でもどうにもならに問題児はいつの時代にもいたのですね。これは『代理戦争』で。
本木連合の話とは別に任侠団体にこれらの地域出身者が多数いたのは確かです。
共通点は一般社会では生きていけない事情があった者たちでしょうか。
その点、美能や山本健一(山口組三代目若頭)の場合は中流家庭出身で、
戦争と敗戦という社会情勢によるところなのでしょう。安藤昇もそうです。
そうなると任侠世界のなかでは在日や被差別部落は差別の対象にはならない
ということでしょうか。
親と子(親分子分)、兄弟(舎弟)といった盃事による血縁関係に成り立つ世界です。
だれが部落出身でだれが在日なんていっていたら成り立ちませんね。
とすると、私たち一般社会というのは彼らよりも劣る偽善の世界なのかもしれません。
まあそれはともかく、人間社会で差別は絶対ありますから、
また違った尺度が生まれるのでしょう。
司馬遼太郎の作品に『故郷忘れじがたく候』というものがあります。
かなり昔に読んだ作品なので記憶は曖昧なのですが、
島津が秀吉の朝鮮出兵に際して、半島から連れてきた陶芸家たちが
薩摩に根付きひとつも村落を築くという内容だったと思います。
現在もその町はあります。所謂、薩摩焼きのルーツですね。
この頃までは半島の人間を差別するというよりも技能者として評価したようです。
では、いったい、いつ頃から私たち日本人は半島や大陸の人間を差別するようになったのか。
ひとつは徳川幕府から明治維新にかけての尊皇思想にあると考えます。
中華思想を唱えた中国「唐」が「清」によって瓦解して、その中華思想は日本にこそ
受け継がれるべきであると考えられました。日本人は選ばれた民族であると。
大陸思想という考えの側面にそんな匂いも感じられます。
とすれば、軍部官僚が暴走していった時代がそれなのでしょうか。
ところが、この間、友人が意外なことを言っていました。
「馬太郎さん、もともとの差別は帰化人が言い始めたことなんですよ」と。
彼らは半島や大陸から、ある意味弾かれてしまった人達なのです。
だから、だからこそ、愛憎は激しく、その思いはそんなかたちで現れたとか。
切ない話です。が、帰化人となると、、、。さかのぼるなあ、、、。