技術、文化文明が時間(歴史)と比例して進歩しないの続き
(グラフィック)デザインの世界も劣化した。私が業界に入った1981年頃で活字は写植機に切り替わっていましたが小学館の星占いページなどはまだ活版が残っていた。新聞社系の印刷媒体とか
当時エディトリアルデザイのトップランナーはマガジンハウスで、『ポパイ、アンアン、オリーブ、ブルータス、ターザン』と雑誌デザインに新風を起こした。写真ビジュアルをまとめる構成法で80年代の『ブルータス』はその頂点を極めていましたよね。他の大手一橋・音羽系とは格段のオピニオンでした。

80年代後半から広告業界では「マーケティング」という言葉が流行り出します。猫も杓子も。しかし出版業界では編集者の「カン」💡と「売れた物の模倣」を続けていた。類似品が出回ったnon-noにCanCamにHot-Dog PRESS。。そこが出版業界のピークで年末は都内ホテルで忘年会なるパーティーが開催されていた。梶原一騎も来てた。怖かった😅

しかし、活字離れは静かに進行していたのも事実で「出版は不況に強い」を呪文のように唱えてた。護摩焚いて。。本が売れない。「漫画が売れてるから大丈夫」と一橋の役員さんが寂しく捨て台詞。そしてバブルが盛り上がり案の定、弾けて散ったのさ。
変化はまず写植屋を襲った。手動写植機から電算写植機に切り替えたばかりなのにDTP(デジタル化)の切り替えを余儀なくされます。版下も必要なくなる。大手の印刷会社に集約され中小の写植制作会社は淘汰された。
次はカメラマン。デジタルカメラ普及から仕事量が激減しました。たくさんの知り合いが廃業していきました。
そして最後がデザイナーだ。デジタル対応にデザインだけでなく制作(写植版下)データ管理(修正)まで要求される。つまり人員と設備を要求された。分業システムが効率化の名の下に集約システムに変わった。
無論、単価は上がりましたがそんなんじゃ焼石に水。当初のMacは高価でそれを大量に設備する資金力はない。それをさらっていったのが凸版大日本図書などの大手の印刷屋でした。デザイナーはオペレーター化していく。とても効率的なビジネスモデル一丁上がり。時代の流れが速い速い
そうこうしていくうちにスマホ普及で活字離れは本格化。雑誌自体が必要なくなり媒体自体が枯れていく。出版業界が枯れていった。媒体がなくなれば編集者もライターもいらなくなる。石を投げれば早稲田(大学出身者)にあたるといった文系高学歴の受皿が破綻していった。便利に効率的になるはずが皮肉ですよね。
対してSEとかオペレーター兼デザイナーの需要は増えたでしょうが、後者はデジデシしてて横尾忠則とか松永真とか浅羽克己とかK2とかの芸術家的職人徒弟制のデザイナーは昔の話です。当時最大手だった集合DENはコンセントと名を変えて頑張っているのは例外中の例外。またWebデザインってまったく別物ですから。
クリエイター最後のトドメは生成AIってとこですかね。
昨年、家族旅行で大阪のあえて万博公園に半世紀ぶりに行ってきました。1970年、私はあのとき乗り物酔いでダウンして救護センターで浣腸された思い出しかない😅。だから太陽の党の中に今回初めて入った。凄かった。これが55年前? 芸術は爆発だヨ!全員集合🦵🦵

記念館の展示物に当時のパンフなどの印刷物がありました。どれもアナログで時代を感じさせるものですが、若いクリエイターの熱量をモロに感じましたよ。熱い情熱の時代だ1970年!
カラス口が引けないと、1ミリの中に罫線10本引けないと、レタリングができないと、ラフ(コンテ)描けないと、網点読めないと、指で紙の斤量掴めないと、と、様々な関門が職人技術職Gデザイナーにはあったんだけどその技術も知識も経験も感性もみーんな無用になっちまったもんね。さんざん徹夜して頑張ったのになあ。

エディトリアルデザインの頂点は80年代の『ブルータス』だったとしました。作家志望者が志賀直哉の文体を模倣し修行したように『ブルータス』を懸命にそれを盗み見て模倣して、その構成理論を咀嚼してデザインに表現して提出すると周回遅れの編集者から「パンチがないんだよなあ」と指パッチンされてやり直しを食らったときは泣きたくなって。。

も、遠い思い出です。私は遠に廃業して引退しちゃったし、雑誌どころか単行本さえも読まない。読めない。白内障で😅
と、ころが、何を血迷ったか倅がデザイナーの世界に進んだ。大反対しましたよ。しかも剣道一筋で美術部なんか入ってたことないから親もノーマーク。が、高三の秋に突然! 美大予備校でデッサンなんかやってないのに?マジ?
なんの因果でしょうか。。一応工業デザインで手を打ちましたけどね。Webデザイナーね。
AIという化け物の出現で私たちの仕事は大きく変わるでしょう。文系偏重のホワイトカラー逆革命。淘汰される仕事。それはみんな他人事ではない。
どうなっていくんでしょう?
ああ、80年代のバブル前にかえりたい。できれば昭和62年のダービーぐらいから メリーナイス−サニースワローだぜ。菊花賞はサクラスターオー。有馬記念は4−4万馬券だ。ユーワとメジロのユメ馬券🏇🏇 🏇 🏇🏇🏇🏇