桃介の話でした。
慶応義塾の運動会には都内の金満家の父兄達が有能な若者を物色に集い、
婿さん探しの競り市、パドック状態と化しております。
商家の繁栄存続は女系がベースで娘に優秀な婿を取っていくのが基本だったからです。
だいたいが若旦那というものがお馬鹿で世間知らずで根性無しというのが相場ですから。
そして、颯爽と現れた桃介青年。グランドを飛将軍の如く駆け抜けるか!
と、思いきや、
魂胆ミエミエの馬ッ気を出した種馬たちの激走を後目に、悠々とトラックを周回。
まるで、一人ホームランでもかっ飛ばしたヒーローのようであります。
観客の目は桃介一点に集中されます。
その背中には燦然と輝くライオンの絵が描かれているんで目立たない訳がない。
「お母様、あの方は誰かしらん?」
「まあ、なかなかのイケメンじゃないですこと。ざあます」
桃介に食指を動かしたのが福沢諭吉学長の夫人と次女のお房。
まあ、話はトントン拍子に運んで桃介はお房の夫として福沢家の養子となります。
この縁談の交換条件として桃介は「アメリカ留学」をお強請りします。
当時の海外留学はとてつもない資金が必要とされたものです。桃介は留学したかった。
こうして、二年八ヶ月の留学を終えると
桃介は福沢ファミリーの一員として、手腕・辣腕を発揮していきます。
ところが、ちょっと頑張り過ぎちゃった。
その過労が祟ったのか大量の血を吐いてダウン。なんと結核に冒されていたのです。
結核はつい最近まで死病とされて恐れられていました。渥美清の段でも書きましたかね。
ここで、桃介は絶望のどん底に。はて、この先、どれほど生きられるのか。
いや、それよりも、当面以降の生活費の算段が急務です。
病院のベッドで桃介が出した結論は、、、。
「株」でした。
こうして、福沢桃介という希代の相場師が誕生するのです。
さて、その頃の貞奴はといば、
川上音二郎の妻となり、有り金をはたいて音二郎をフランスへ留学させると
洋行帰りの本場フランス演劇もどきで駒形の浅草座で大入り満員の大盛況を博しております。
桃介と貞奴の人生は常に対極で反比例のシーソーゲームで揺れていくのでした。
音二郎の興行が破綻する頃、桃介は「兜町の飛将軍」として復活しているのです。