私は35歳という年齢を人生の折り返し地点と考えます。
単純に人生70年を2で割ったというか、私の体験によるものかは別として、
社会に出て十余年経ったこの頃に人は多くを学び考えるものかと思います。
それほどに、若い頃はあまり考えないものです。
考えたような気になっても、それは机上で漠然として現実味がなく観念が先行する傾向が強い。
一番大きな事は人生を「無限」と考えるか「有限」と認めるかの違いでしょうか。
それは、自分の可能性や人との出会い、そして、死ということ。
その上で、それ以前に自分自身を知り、
自分にあった仕事や生き方を導けていれば、幸いであると思います。
が、それがなかなか上手くいかないのも世の常。
若い頃は性急で咀嚼しないまま流される場合も多いことでしょう。
できれば、親として子供にはそのことを伝えたいと思っています。
さて、折り返し地点を越えて、何がしかかの再出発をしなければいけない事もあります。
好むと好まざるに限らず。
転職も含めて、まったく新しい職種や生き方など。
それでも、四十を過ぎて中年以降のそれは無謀とか暴挙にも思えてします。
起業・独立などの顛末を語るとき、素人商法といって失敗の原因とされたりします。
また、年齢的に気力と体力の問題もあるかもしれません。
私も不器用な人間でして、45歳過ぎてその選択をしなければなりませんでした。
その気配や予感はそれ以前からあったのですが、
家族と生活、従業員や取引相手の事など試行錯誤と処理を含めて2年ほど費やしてしまいました。
はて、45歳を過ぎて新しい再出発を踏めるものなのか?
そんなとき、ひとりの友人から紹介されたのが上記の『范蠡』です。
むずかしい漢字でしょ。[はんれい]と読みます。この本は読みやすく出来も良いのでお薦めです。
中国春秋時代に卓抜した軍才と優れた政治手腕で越に勝利をもたらし、
越王句践に覇をとなえさせた名将。のちに王との確執から官を辞し、
商人として巨財を築くもその富を周囲に分け与えるなど、商人の鑑としても名を残した。
軍師と豪商の二つの人生を駆け抜けた、稀有にして波瀾の生涯を描き出した長編小説。
という内容です。
越の国の軍師として最高位の栄達をはたした男が裸一貫で再出発したのは58歳の時です。
紀元前468年のことですよ。老人どころの話ではありませんね。
まあ、結論として、歳は関係ないということです。
本気で腹が出来ているかどうかが肝心。
また、若い頃から無理にこぢんまりした枠組みに当てはめようと我慢せず、
自分自身に正直に向かい合う姿勢も大切かとも思います。
自分の居心地というのが判断基準でしょうか。
お金や収入や安定は大切ではありますが、それが故に判断を遅らせたり誤る要因にもなるようです。
それでも、大丈夫。
いつであっても遅すぎる事はなく、本気でそう思える時がその時期です。
そういえば昔、吉田拓郎の歌にありましたよね。
「♪ 間に合うかしれない 今なら 間に合うかもしれない 今こそ」