あかんたれブルース

継続はチカラかな

天才のエクササイズ「雑誌をもって外に出よう」

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 天才の話でした。
 ノーベル賞受賞者を天才としてもいいのでしょうが、少々有難味が薄れますね。(贅沢な!
 天才の中の天才の一人に、私はルソーをあげたいと思います。
 ルソーって誰あれ? 宗教改革? そりゃルターだろ。

 この日本で幕末以前に最も影響力を与えた書物は頼山陽の『日本外史』でしょう。
 そして、ザンギリ頭を叩いたコンコン、コンの文明開化明治以降であれば、
 ルソーの『社会契約論』を中江兆民が翻訳した(一説には校訂に携わった)『民約論』に、
 トドメを刺します。
 「泣いてルソーを読む」
 みんなこれを読んで感激して興奮して萌えました。
 理想国家を目指して、内乱に奔り、自由民権運動のコークスとなり、藩閥政治打倒を叫び、
 そして、日本の議会制民主主義の礎となったのがルソーの『民約論』です。

 いま、政治や役人や企業家の腐敗、イジメなのどの教育問題、自然破壊の問題などなど、
 騒がれて頭を抱えていますが、
 18世紀のルソーという天才はその本質を見抜きその是正を唱えていたのですね。
 それなのでかなり過激な思想でもあります。
 また、共産社会主義もルソーに影響されたことでしょう。

 ルソーは「人間不平等起源論」で不平等の本質を喝破しました。
 悪徳と美徳の戦いは現在も続き、いつの時代でも前者が優勢です。多勢に無勢
 すべての学問、芸術が悪徳の原因だとします。(本当は少しニュアンスは違うのでしょうが)

 さて、ルソー。彼は1712年にジュネーブで時計職人の息子として生まれました。
 母親は生まれてすぐこの世を去り、そのショックに父親は立ち直れません。そして、失踪。
 哀れルソーは10歳で天涯孤独と相成ります。

 親が無くとも天才は育つ。

 ところが、多くの天才同様にルソーは周囲に際だった才能を認められるタイプではありません。
 地味で内気でナイーブな、つまらない若者。

 1749年7月。その閃きは唐突に彼の脳裏をよぎりました。
 雑誌を読みながら歩いていただけ。それは懸賞論文のお題が目にとまった瞬間でした。
 「学問・芸術の進歩は、風俗を堕落させたか?それともよくしか?」
 ビリビリビリっと、来てます来てます、来ました~ああああああ。
 あまりのショックにしばらく木下でひっくり返っていたそうです。

 これまで私は、天才出現の条件のひとつとして、たとえばナポレオンとかのように
 「土壇場」に追いつめられて能力を開花させるのかなあと思っていましたが、
 こんなに、なんでもない時に、変身する場合もあるんですね。
 もちろん、それまでのルソーの精神的な環境もあったでしょうが、それは特別なものではない。

 さあ、「クロスワードパズル」とかクイズ雑誌を手に、街に出ましょう。
 あなたにも天の啓示が、そして、天才への道が開かれるかもしれません。車には要注意ですよ。

 言い忘れましたが戦後以降で最も影響を与えた書物は、
 矢沢永吉の『成りあがり』だな。

 「泣いてルソーを読む」



イラストは毎度、山本峰規子さん。 希望を持て、かな