あかんたれブルース

継続はチカラかな

明治時代にあって、一番モテた男

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 明治という時代で一番女性にモテたのは誰でしょうか?

 ラッキーガイ・桂太郎(首相)はその生涯で多くの美女をものにしましたが、
 ちょっとニュアンスが違う。
 天下の糸平こと田中平八か? 確かに芸者衆にはモテモテだったようですが、、、。

 私は頭山満だったのではないかなあ。と、ぼんやり思うのです。
 この人を評して「不言実行」と古島一雄は謂います。無口寡黙な人物です。
 で、恐い。
 時の元老たちが頭山が来ると聞くと震え上がったそうです。

 でも頭山満、女性には優しい。

 どこがどう優しいのか分からないのですが、とにかく惚れた女性は頭山にメロメロだそうです。
 たとえば、二人が閨のなかで情熱を交わしあったあと、
 頭山の胸元に蚊が血を吸っていたりします。女性がそれを払おうとすると、押しとどめて、
 「好きに吸わせておやり」と頭山は囁くそうです。

 頭山は己一人の胆力で千人の敵を制すことを実践しました。

 玄洋社のリーダー・平岡浩太郎が鬨の声をあげて戦陣を奔り、ふり返ると誰もついて来ていない。
 かたや、頭山がのそりのそり歩めば、その後からゾロゾロ幾万の若者が後に従う。
 女性だけでなく、男性にもモテモテだったんですね。
 今にしても、頭山が何をしたのか「さっぱり分からない」そうです。

 頭山満を語るのには何をどうやっても舌ったらずで、毎度イントロダクションになってしまいます。
 ここで明治二十年頃の新橋「浜の家」に舞台を移し、杉山茂丸や林きむ子、
 宮崎滔天へとつなげたいのですが、明治の女傑・横浜「富貴楼」のお倉に話を戻します。

 頭山満の盟友・杉山茂丸が語った頭山評で最後をしめてみましょう。

「無学のようで学識があり、寡言のようで能弁であり、
 卑近なようで深遠の利を究わめ、そっけないようで深切であり、
 恬淡なようで濃厚であり、忘れたようで強記であり、放漫なようで謹厳であり、
 冷酷なようで慈悲無量であり、無感情なようで締恬りがあり、物を容るること大海の如くにして、
 生を愛することは昆虫も犯さず、功名富貴を見る事塵芥の如く、」




下の写真で頭山満は手前の左です。爺の写真ばっかりなので若い写真にしました。