あかんたれブルース

継続はチカラかな

さようなら やさしい おふくろ

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 我慢、辛抱。

 この行為を美徳とする土壌があります。

 私はこういう性格なので、状況が許せばなるだけしません。

 ただ、自分だけの問題ですまなかったり、
 何かの目的で必要な場合はどうしても我慢・辛抱しますよね。

 色々な人たちが我慢・辛抱を強要されたり、強要したりしています。自分にも他人にも。

 まったく、しないわけにもいかないでしょうが、度を超すと鬱病になる。

 自殺しちゃうかもしれない。

 そこまで、我慢や辛抱しなくても、と思うのですが
 現代社会や現代人はなかなか融通が利きません。

   
    努力

    昔はこれと根性が大人気。

    お土産屋の定番コピーとして色々な商品に刻まれていました。

    最近は疎まれる言葉のひとつです。

 先日の白熊先生の珠玉の言葉にこれがあり、
 「生きる資格なし」なんて禁句が付随したもですから予想通り波紋を呼びます。

    「では、私は生きる資格ないですか?」

 内緒モードで、それぞれのブログで、問いかけられます。
 
 生きること自体、大変なことなのに資格なんて、誰に問うのか。誰が答えるのか。

  
    寛容、協調、認め合う、優しさ、、、。

    言葉や行為がマニュアル化されている。流行の言葉と行為。

    言葉が危ない。


 たとえば、武田鉄也のお母さんが言ったとして、

 「社会に出て、働いて働いて働いて、
  遊びたいたいとか休みたいとか思ったら
  一度でも思ったら。その時は、(鉄也)、死ね。」(「母に捧げるバラード」より)

 という台詞。これを暴論とするのか。

 30年ほど前の唄です。
 時代環境や背景が違う。のはじゅうぶん承知しています。
 TPOでかたづけられるのか
 言葉とはそんなに儚いものなのか
 人間ってそんなに弱いのもなのか

 ま、一番の問題は社会にあるんですがね。
 それとは別の次元の話です。

 今も聞こえる あのおふくろの声 僕に人生を教えてくれた やさしい おふくろ



写真は昔の我慢の代名詞「お灸」
肩こりに腰痛に、どうぞ。