あかんたれブルース

継続はチカラかな

『ハゲタカ』非常に熱狂、とてつもなく感動!

イメージ 1

 昨夜の『ハゲタカ』最終回、観た?
 なんか超感動してしまって、馬太郎は泣いてしまった(汗)。

 たかがドラマ。小説や映画などフィクションの世界に感情移入してどうする。
 と、突っ込まれそうですが、いや、作者の熱いメッセージに魂が震えてしまった。

 「拝金主義」というものが問題視されています。確かに問題です。

 その問題提議としての『国家の品格』が大ベストセラーにもなりましたよね。

 けれども、私は藤原さんの訴えがまったくピンときませんでした。

 このブログを立ち上げた初めの頃に、そのことを強く批判もしました。

○ 武士道とは何か。その歴史的な把握に疑問を感じて、
○情緒でそれは打破できない。
○ そして、具体的な提案はなされず「真のエリート」という曖昧な提案で
 逃げる論法に憤りを感じたからです。

 それでも、あの本がきっかけとなって考えるヒントになることには異論はなかったのです。

 私のブログは「お金と人生と幸せと」タイトルです。
 当初は「お金」についてもっと語るつもりだったのですが、これがなかなか難しい。
 日本人は「お金」を「不浄のもの」と考える傾向があります。
 また、「欲」というものを恥じたり、ストイックに考える傾向があります。

 ドラマのなかで熟練の老技術者をヘッドハンティングする場面、主人公・鷲津はこう詰め寄られます。

 「目的は金か?金なんて紙くずじゃないか。なんの価値もない」

 この正論というか強い問いかけに主人公はどう答えるか。私は固唾をのみましたよ。
 しばらくの沈黙のあと、主人公はこう答えました。

 「お金は確かに紙くずかもしれない。
  けれども、その紙くずのために人が死んでします。(以下省略)」(その通り!)

 そういえば、ドラマのオープニングに
 「人間の不幸はお金を持つこと、お金の無いこと」というニュアンスの言葉が流れていました。

 主人公の鷲津は理想と現実の間でペシャンコになった人間でした。
 そして、彼は立ち上がりニューヨークに向かいます。
 そこで本場の経営とビジネス戦略を学び、「ハゲタカファンド」の手先となってリベンジを目論む。
 視聴者にはそう映ったと思います。
 けれども、彼は常に過去の苦い経験と現在の自分の在り方を問い続けている。
 それは償いというものであり、けじめというものでした。

 対する上司であった柴野はそのまま銀行に残り、良識派として鷲津と対決することになります。

 双方に矛盾があり、双方に苦悩が存在する。

 ドラマ構成の上手いところで、最初は柴野を善玉として登場させておきながら、彼の無力を描き出す。
 私も三日前の記事では柴野を批判してましたね(笑)。

 最終回では、そんな柴野が追いつめられて一歩踏み出す。ルビコン川を渡る!

 ピカレスクロマン仕立てですが、それを凌駕するクライマックスへ。


 こういった企業小説が好きで、城山三郎高杉良などほとんど読みましたが、
 実名小説の場合は美談に仕立てられる傾向があり、
 フィクションだとお色気とかお約束があって喰い足りないものです。

 なんといっても作品のメッセージ性がどれだけ説得力があるかどうかがポイント。

 その意味で、フィクションではありますが、真山仁原作の『ハゲタカ』は素晴らしい作品でした。
 また、機会もあるでしょう。その時は是非、ご鑑賞ください。
 めちゃぼうさんの話では視聴率悪かったそうです。なぜだろう?
 難しいという印象と「ハゲタカ」ってタイトルがいけなかったかな?

 女性陣、鷲津を演じた大森南朋は超カッコイーぞ。セクシー! 
 松田優作の息子も、、、怖い(笑)。