こころの王国(5)
そのポケットにしわくちゃの一円札、五円札、十円札が
揉みくちゃにつまっているそうです。
菊池寛はそれを無造作に取り出して、
カフェの女給や三文文士や同郷と称する若者に
それぞれの事情に合わせて与えていきます。
その行為を苦々しく感じている者は少なくありませんでした。
成金の恥ずかしい行為だと吐き捨てるように批判する。
本当に困っている者<タカってくる者<批判する者
その数の比率は反比例グラフ曲線のようですが、菊池寛はその行為をやめない。
そんなことならやらないほうがいいのに。
生活に困っている額しか与えない。
それが彼の基準でした。
与える額も相手によって、一円札、五円札、十円札と様々。
ポケットをまさぐりながら菊池寛はその右の掌だけで査定していきます。
それが正確なのかどうかは分かりませんが、
本人は自信を持っていたようです。
彼は若い頃にお金で大変苦労したので、彼なりの哲学があったのでしょう。
ポケットの中のビスケット。叩いてみるたびビスケットは増える。
魔法のポケット。
菊池寛のポケットは大きく深い魔法のポケットです。
彼は俗物の象徴であり、彼の書くものは通俗的であり、純粋な文学とはほど遠いと見られました。
それでも彼は純粋な文学を愛しました。
直木賞、芥川賞を創設したのも菊池寛でした。
写真左端が菊池寛。その横が芥川龍之介