いい、馬さん。この世に百の恋愛があったとする。
でも、そのうち九十九は偽物よ。
なぜかって
自分のための恋愛だから。
私は、百のうちにひとつしかない本物の恋をしていた。
それは、すべてを愛する人に捧げつくせる恋愛です。
あの人のためなら命もいらない。
お金の、誇りも、私自身の恋する心すらもいらない。
次郎子がそう捲し立てるのを私は黙って聞いていました。
この世に百の恋愛があるとして、その九十九が偽物っていうのは嘘です。
この世に百の恋愛があるとすれば、その百は百なりに本物だと私は思う。
百の恋愛には百の物語があり、起承転結も様々。
そして、賞味期限が耐久度が性能がスペックが様々だった。
確かに、最高のそれは「無償」かもしれないけれど、それだけが本物ではない。
そう耳元で囁いて、私は次郎子のオデコにキスしました。少し塩っぱかった。
参考文献/浅田次郎『椿山課長の七日間』