みゆき嬢のララバイ第二章(3)二隻の舟−(3)
時流を泳ぐ海鳥たちは
むごい摂理をささやくばかり
いつかちぎれる絆見たさに
高く高く高く
私がここまで歳を重ねるなかで、なにか行動しようとすると
常に周囲は引き止めました。
「やめておけ」「無理だ」「無謀だ」
親切や善意からのものもあった。それ以前のものもあった。
どっちでもいいのです。
結果として、私はなにも聞き入れなかったのだから。
経験や常識、世間知。
その通りに失敗したこともあったけれど、何も後悔なんかしない。
その寡黙はなんのためなのか。
その無関心を理性といえるのか。
それを摂理というのか。なぜそれを確認したがるのか。
永遠などないとなぜ言い切れるのか。
行動するかしないかを悩むとき、私は必ず前者を選ぶ。
信じるか疑うかを選択するときに、私は必ず前者を選ぶ。
答えは常にGO。
そういう風にやって来たし、これからもそうするでしょう。
私は自由だ。
私は海鳥なんかにはならない。
私は馬だ。