あかんたれブルース

継続はチカラかな

チャーリーの雨合羽

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シェルブールの雨傘』がデジタル処理されてリバイバルしているようですね。

すべての台詞がメロディーとして歌われる完全ミュージカルのフランス映画。
ミュージカルといってもハリウッドのそれとは異なり、
甘く切なく哀しい。

観たのは中学二年生。
切ない恋なんて知らない。しかし笑ってすまされなかった。

主演のカトリーヌ・ドヌーヴの美しいことなんのって、溜め息です。

それ以上に、この映画は美しい。
http://www.youtube.com/watch?v=Zs1NmsA-n-Y&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=YGbY5fEYZus&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=7ObVG9o2xWI&feature=related


日本映画を別にして、外国映画の場合。
アメリカ映画、フランス映画、イタリア映画が主に観賞できる頻度が高かった。
(当時は香港やアジア映画は少ない。まだブルース・リーが生きていた頃)

当然、アメリカ映画が多いので馴染み深いし、国民性でしょうか時代環境か
わかりやすかった。

イタリア映画もネオリズムは非常に琴線にふれるのですが、
アルプスをちょいと左に越えたフランス映画がわからない(涙)。

フランス映画がよく理解できないのです。
なんたって、『禁じられた遊び』でさえ感情移入できなかったんだもん(涙)。
バカなのかなあ、俺って・・・若き馬太郎の悩み。
結局、その頃若い頃の結論は国民性文化の相違による価値観の違い。
ってことにしてたのです。

いえ、ドロンとかジャン・ギャバンのギャング映画ならわかるんだ。
ヌーベルバーグはお手上げとしても、恋愛映画がわからない。

それでも、『シェルブールの雨傘』は手放しで脱帽だった。
理屈抜きに「美しい」からだったんですかね。

あれから35年・・・

先日、『心の旅路』に感動して、理想的な女性像と父性を
古いアメリカ映画から紹介しようかな〜あと調べたりしていました。
こういうの楽しい作業です。

で、ふと、日本人が変わってきていることに気づく。

本来、アメリカでは絶滅したはずの「グッド・バッド・ガール」が
少数派ではあるけれど、日本にはいるんだな。

図書館から借りてきた本のなかに『幸福論』という一冊が紛れていた。
サブタイトルに「フランス式人生の楽しみ方」とあります。

苦手で鬼門の「フランス」です。

ところが、パラパラみてて面白い。わかるような、気がする。

そういえば、昨年の今頃、金髪に染めてフランス人になろうとしました。
もしかしたら、わたしも変わってきたか。もしくは
もともとフランス人の血が入っていたのか。
その出生の秘密を・・・今度ママンが上京したら問いただしてみます。

「お願い、本当のことを教えて」




愛を訪ねて三千里(1)