あかんたれブルース

継続はチカラかな

希代の策士の仕掛け爆弾



「開戦へ」でもう一丁。
児玉の日露戦争財界説得は日本郵船社長の近藤廉平を朝鮮・満州の現状を
見せつけることで大きく前進します。
日本は崖っぷち、選択の余地はなかったのですね。

さて、余談でもないのですが、次は政界工作です。
当時、桂内閣は西園寺公望の政友会と大隈重信憲政本党から
行政改革と外交手腕を問われ揺さぶりをかけられていた。
明治36年12月5日に招集された第十九議会の開院式で
そのハプニングは起きます。

衆議院議長河野広中が読み上げた奉答文。それに誰も気を止めなかった。
そして拍手のうちに可決されます。が、
その内容に奇怪な政府糾弾の文句が入っていた!
「内政は弥縫を事とし、外交は機宣を失し」
決議が気づいた議員が叫んだ。「問題だ!」
そして、議員処罰論やら文案再審議論が出て大混乱に陥ります。が、
当の河野広中議長は
「いったん議決された以上、再審議は許されない」と澄まし顔。

ここで、桂首相は紛糾の収拾困難として議会解散を奏請します。

翌日の11日。衆議院は解散。
総選挙は翌年も明治37年の3月1日に定められました。

そのとき、日露戦争は始まっていたのです。
(開戦2月1日)
各党各派すべて挙国一致の状況になっておろました。

後年、河野は
「あれは児玉君と二人だけで熟談して断行したのさ、へっへっ、へ」

党利党略政局で議論ばかりに終始している議会への
強烈な爆弾だったのですね。

しかし、河野広中とは、また意外な・・・(汗)




坂の上の雲』文庫第三巻 第二十二章「開戦へ」(2)