あかんたれブルース

継続はチカラかな

日本人の「血」に対する捉え方

しきちゃんへの伝言(4)


天皇家というと「万世一系」とイメージするみたいだけど
この定義って比較的新しいようで、
みんなが嫌いで、わたしが大好きな伊藤博文によるものだといいます。

皮肉だよね、伊藤博文はキ印陰謀説論者からは
長州忍者下人で孝明天皇を便所から尻に忍者刀をブチ刺して暗殺した
犯人とされている。

これらは、明治の施政者や天皇の素性を誹謗中傷することで
その権威を根底から覆そうという魂胆からなのだけど、
なんせ、コジツケ妄想だから説得力がない。

もともと伊藤博文は下級武士の足軽、それ以下の中間でもなく
農民出身ですから、それが毛利家の忍者軍団としたら格上げになってしまう。
ましてや、吉田松陰がその管理職たる中忍ときた日には、
縁続きの乃木希典の家も忍者ということになってしまう。
乃木が忍の出であれば、旅順要塞であのような攻略はしなかったよね。
もっと情報収集に力を入れていたことでしょう。

間諜(スパイ)が幕末から活発に活動したことは事実です。
テロも横行していた。

西郷隆盛は益満休之助。維新後は池上四郎(西南戦争の五番隊隊長)とか
有能なスパイを活用していた。
大久保利通も西徳二郎をロシアに派遣していた。
西郷自身が藩主の島津斉彬のスパイだったわけですからね。
それはいいとして、長州の松下村塾が忍者屋敷の巣窟というのは飛躍です。
ま、忍者だから飛躍ぐらいいいのかな?

スパイ云々もそうだけれど、私たちは天皇天皇家に対しての
イメージを誤解していると、わたしは思います。

それは近現代史のなかで、幕末と明治の間に大きな断層として現れている。

たとえば、
私たちは、それ以前の、つまり孝明天皇以前の天皇
暗殺されようがどうしようが、痛くも痒くもない。
南北朝分裂も遠い昔に授業で聞いたような記憶があればまだマシな方です。

ところが、それ以降の、明治天皇大正天皇昭和天皇になると
ちょっと話は違ってきますよね。
この体温差ってなにから?

色々な理由はあげられますが、ここではカットします。
すでに散々にここでは記事にしてきました。ここは放送大学ではない。

さらに、厄介なのは戦前の昭和天皇時代の記憶が突出して
それイコール天皇体制というイメージが肥大化してしまっている。

万世一系」 その定義とは・・・

1. 皇祚を践むは皇胤に限る
2. 皇祚を践むは男系に限る
3. 皇祚は一系にして分裂すべからざる


再度、確認しておきますが、この定義を打ち出したのは
明治維新後の伊藤博文によってだ。
伊藤は、国体として、どうしてもこれを確立しておかなければならなかった。これは逆に考えればそれまでは曖昧だったってことです。

そこには南北朝正閏問題がある。
と同時に、孝明天皇暗殺と明治天皇のすり替え(説)がある。
そして、大正天皇の性的能力不能から
昭和天皇親王たちの出自の秘密にまで発展すると、わたしは考える。

万世一系」は建て前というか定義でしかないのだ。
そして、日本人が今現在考える「血胤」の発想は
明治以降に大きく変容していった。それがそのまま
戦後も続いている。

戦後のGHQの政策(陰謀という人もいます)のなかで
長子相続が改められました。これは分散方式です。
と同時に、私たち日本人はいつしか「血胤」の観念概念を取り違えていった
ママなのだ。

天皇「制」云々を問題にする人たちも
この辺を考察のヒントにしておかないと、大きな誤解となると思います。

血は水よりも濃いといいますが、それは当たり前のことであって
問題は、その「血」とはなにか?ということでしょうねえ。