あかんたれブルース

継続はチカラかな

恐ろしい日本人

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敗戦の後、日本はいくつかに分断されそうだったという話は
聞いたことがありますよね。

そのなかで、西日本が米国、東日本がソ連というのがありました。
そうなれば韓国は分断されなかったのに、と臍を噛む人もいるのだろう。
ソ連になったらなったで、中国になったらなったで大変だと
思うけれど、それは受け容れられそうにない。

さて、現実には日本は分断を免れ、
朝鮮半島が東西の代理戦争の場となりました。
この軍事景気を日本は戦後復興のカンフル剤とします。

この朝鮮動乱時に韓国で様々な虐殺事件が起こった。

1948年「済州島四・三事件」では8万人以上、「麗水・順天事件」では8000人。
1949年「聞慶虐殺事件」では88人。
1950年「保導連盟事」では20万人(一説には60万〜120万)。
1951年「居昌事件」700人強。
などが起こっています。

韓国人が同じ韓国人を、しかも民間人の老若男女つまり子供も含めて・・・
原因は北朝鮮共産主義)との緊張からです。

最近、リサーチ中に「済州島四・三事件」とか「保導連盟事」の文字を目にしていた。
漠然と以前に報道番組の特集の記憶が残っていました。あれかあ・・・
(2008年9月6日、TBS『報道特集NEXT』にて日本のテレビでは初めて大々的に保導連盟事件がとりあげられた。)

この朝鮮半島及び済州島の虐殺事件は韓国ではこれまでタブーだったそうです。
わたしの在日の友人K君は両親ともに済州島出身で、この島の因果については
聞いていましたが、四・三事件までは語らなかった。

こんな記事を書くと反日運動家さんからは
日本の戦争責任をすり替えるものだと怒るでしょうが、
いや別にそんな了見じゃない。
如何に、思想や、国益といったものが過酷で獰猛かということ。
と同時に、朝鮮半島分断と悲劇を「日本のせい」ばかりにしていると
大変なことを見失ってしまう。

で、余所の国のことはここでは置きます。
この問題は韓国自身で総括すべきことです。

それよりも、最初の話に戻って、
日本がもし、名古屋あたりから東西に分断された場合、
同じような、似たような、ことが起こっただろうか・・・

妻に質問してみた。

「起きたと思う」という答えだった。

理由は戦前戦中の特高による弾圧をあげた。
確かに、その可能性はないとは言い切れない。

わたしは西日本側の人間ですから、
共産主義者とみなされる一般市民を強姦し殺戮したか、されたか・・・
東日本でも同様な粛正があったことでしょう。
紅衛兵のような若者が原宿や青山で吊し上げを行い、
高卒者以上の、文化人とみなされるものは皆殺しだったかも。

戦後、アジアで繰り広げられた殺戮が日本でも繰り広げられたか?

想像しても想像できない。
なぜだろう。甘いのだろうか?
日本兵もアジアで散々やってきたじゃないか!」という声が聞こえる。

でも、ピンとこない。

なんとなくそのときは絶望して
死んでしまうような気がします。多くの日本人が、そうなって
一億総玉砕みたいになるような気がする。

夜と霧やソフィーの選択のような生死観じゃないような・・・

イナゴのようにみな死を選ぶ

欧米人には理解できない狂気に奔りそうな気がします。

米国はそれを怖れた。

玉砕でも、特攻でも、辟易するほど痛感させられてきた。

日本の占領進駐にそれを怖れた。
ルース・ベネディクトの『菊と刀』をテキストとして
その狂気を抑えようとした。

日本の近現代史を考察するには
日本人の愛とセックスと生死観を抜きにしては
語れないと思います。


ということで、明日から語ります。