あかんたれブルース

継続はチカラかな

ささやかではあるけれど基本



人生楽ありゃ苦もあるさ♪

御存知、水戸黄門のオープニングテーマの格言歌詞ですが
人生の幸運不運は等価交換だという説がある。

だとすれば、ジタバタしてもはじまらない。
それでも誰でも幸運だけを引き込みたいし
そのなかだけで過ごしたい。これが本音です。

「艱難汝を玉にする」

なんて申しますが、そんな玉になんかなりたくねえよ。
オイラまったりと心安らかに生きていたいね。
と、思う人もまた多い。

一発乗るか反るかの勝負に賭けて奔走するものもあれば
衣食足りて礼節知る。を願うものもある。
どっちにしろ最終目的は同じなのですが、要は幸せになりたい。

幸せというものは「楽」とイコールなのか?

しかし、この「楽」という言葉を
音読みで「たのしい」とするか、訓読みで「ラク」と解すかで
大分ニュアンスが変わってきます。

前者は能動的で工夫やら捉え方による感じですよね。
確かにそういう生き方は幸せがありそうです。

後者はどっちかというとモノグサ的なズル・エジで狡い小知恵のような感じ。
でもこっちのほうが具体的で合理的で現実的な気もしますよね。

たださ、それだけで満足できれば訳はないのですが
そうは問屋が卸さないのが世の常ってもんですぜ旦那。
人間っていう代物はもっと欲深で健全に出来ている。
楽に対して苦がありますが、この苦っていうのは
だいたいが内面的な、精神的なものがその正体だと
人生捜査一課薩摩肛門馬太郎デカは目星をつけたそうな。
そんなこたあ周知の事実。いまさら霞ヶ関特許庁に行くなよ(涙)

前者の「たのしい」は内面的な心の実況放送で
後者の「ラク」には肉体的な大手町乗り換え茅場町って感じ。

日本人の価値観の大変容は1970年を分岐点とする
物質文明の大津波と考えます。
それによって日本人がモノをよく考えなくなってしまった。
内面的なモノを置き去りにしてしまった。
そのほうが効率的なんだと。プロセスなんてどうでもいい、上がってナンボ。
「楽しいなんて甘い事をいっちゃイカンよ君」
人生は厳しいと指摘されて、楽しいことは罪深く捉えられていく。

我慢することが、仕事であり、人生であって
その御褒美として「楽」があるのだと。
金さえあれば、大抵の「楽」は得られるんだ。だから我慢が大事。
老後のための楽。キリギリスの失敗とアリの成功事例が信奉される。

でもさ、ちょっと無理があるよね。

その無理がここにきて祟っているような気がします。

どんな山海の珍味やら高級食材で仕立てられた絶品料理を
大吟醸で飲み干してもそのうち飽きてしまう。
海外旅行もセックスも同じ。

この間、上野でブルーシート敷きましてね
友あり遠方より来る
安酒を酌み交わしコンビニの乾き物を肴に語らい笑いあった。
楽しかったですねえ。
そりゃさ、一泊で温泉旅館だったらもっと楽しかったかもしれない。
でもさ、ペラッペラのブルーシートが魔法の絨毯のようでした。
まるでタイムマシーンのように若い頃に戻してくれる。
置き去りにしてきた
大切な事を取り戻してきたような不思議な感覚に浸りました。

帰りは雨が降ってきたけれど
なんというか濡れながら帰る家路も楽しかったのだ。

あそこからもう一度やりなおしてみたかったんですよね。

人生楽だらけ♪
そんな鼻歌を歌う酔っぱらいがブルーシートを抱えて
山手線をふらふらニコニコしていたら、
あっ、三人会議の帰りだなって思ってください。

金だけじゃこの楽しみは味わえない。
せっかくの人生。限られた有限の時を、共に楽しもう。
それが幸せなんじゃないかな。