あかんたれブルース

継続はチカラかな

愛憎とさびしさ

第二回『手と声の輪』〜家族〜 によせて


『手と声の輪』の第二回のテーマが「家族」に決まりました。

http://blogs.yahoo.co.jp/haru_zion_haha/5936574.html

家族かあ・・・

実際には明日からのアップなのですが
その前に、ちょっと与太を宣ってガス抜きしておきましょうかね。

このテーマはわたしにとってはチト、ヘビーかな
うちの父親はもって生まれた性格に鬱と酒乱が拍車をかけて逆噴射。
おかげで一家はあわれ離散の憂き目となりました。
何度かのアプローチの機会もあったのですが
なかなかねえ、タイミングがあわない。
そういうどうしようもないことがあるものです。
後口上で他人がどうこう言える筋合いでもないし、当事者が悔やんでも
死んだ子の歳を数えるっていうものです。

父親は三年前に他界しましたが
その十数年前から越谷に墓を買ってありました。
土台だけだったけれど、買ったのは母親だった。
といってもその時分に母親は元夫を許していないので
土台の刻印にどっちの名字を刻むかでもめた。
わたしとしてもまだ気持が整理されていたけでもないのですが
安くもない買い物に母親だけのものにするわけにもいかなしね。
損得勘定がなかったとはいわない。

でもさ、いつか死んじゃったら、そしたらその先は
水に流せたらいいかなあって漠然と考えていたわけです。


愛憎というものがある。

それは背中合わせにある。

愛は尊ばれて手放しで喝采を浴びる。
対して憎しみは忌み嫌われその無意味を説かれてはいるけれど
その存在は愛よりも現実的に確実に横たわっているものです。

ある種の執着がそうさせるのでしょう。
どうでもいい人にどうでもいいことで憎しみなんか湧かないよね。


その墓の話が仕事の打ち合わせかなんかの雑談の話題となった。
相手の編集長がそれはおかしいとしきりに言い出した。
さほど詳しい話をしていません。彼がおかしいというのは
一般的な日本人が墓にこだわることを疑問視しているのでしょうが
その疑問をわたしに訴えてもねえ、もう買った後出し、
買う前にあんたうちの母親を説得に行ってくれるのか?

まだ続いてる。いい加減にうんざりだよ。
もとサンケイスポーツジャイアンツ担当が自慢の男ですが
頭が悪くて仕事もできない。じゃなかったらこんな出版社に流れてこないよね。
想像力とか機微とかゼロなんだ。
どうでもいい人間。だから腹も立たない。不思議と。
適当に相槌を打って、はやく入稿作業しようよ・・・

でもさ、こういった人間が増えていく。
自分のまわりにぽつぽつと
気がつけば、ほとんどじゃないだろうか・・・

別にいいじゃないか。仕事だろ
友だち付き合いするために仕事しているんじゃないんだから
熱くならなくてちょうどいいじゃないか。でも・・・なのだが、


さびしい


なんか、さびしいなあ。


「いいじゃないですか」訳のわかったよう言葉をかけられると
「よかあねえ!」と八つ当たりしたくなるほど苛つく。
そんなことはしませんけどね。

父親が死んで、墓の土台に墓石を立てて、父親とわたしの同じ名字を刻みました。
その前に書類上で母親は復縁させて元の名字に戻しました。
だからこの小さなお墓に両親とわたしが入ります。
妹も嫁に行ってないので入る可能性99.999%。
で、Kちゃんがみるわけだ。

不思議なのは父親が死んでから
母親がまったく彼の悪口をいわなくなったことです。
わたしの母だからそうデキた人間じゃあない。
そりゃあ口が悪いですよ。田舎の人間だし教養もありませんしね。
でも、まったく、ピタッと。そして彼女から語られるのは
父親との楽しかった思い出や偉かったこと優しかったことの思い出です。
不思議なものです。
達観とか悟りなんかじゃない。
半分はボケもあるとは思いますけどね(汗)。良い加減にボケてくれました(笑)

家族。そして、愛憎ねえ・・・

なんかまとまりのない記事になりましたが
そんな感じで
明日、「家族」をテーマに書いてみます。

参加は自由ですから、お気軽にどうぞ。
コメント参加でもいいですし、
他の参加者がどんな記事を書くのか・・・
家族について考える機会にしていただければ、幸いです。