あかんたれブルース

継続はチカラかな

絆の国と民



震災のあとの報道で、被災者の姿を紹介しています。
なによりも子供の姿が痛々しかった。
小学校六年生ぐらいだったでしょうか
女の子は家族とはぐれて母親を捜していた。
その表情は、カメラが直視できないほどに
不安と心細さと悲しみに溢れていた。

女の子が崖下の水没した町に向かって
「お母さん」と呼びかける

あれから、あの女の子はどうしているのでしょうか


震災で親を失った子供達は多いはずです。
どんな想いで避難所生活をしているのか・・・

児童福祉施設はいっぱいで受け入れられないという。
そこには、震災以前からの虐待を受けた子供達でいっぱいなのだと。

昨年夏に、花田仲之介ゆかりの児童福祉施設を訪ねたとき
同じようなことを係の方から聞きました。
本来、戦災の被害者である子供達を保護するために開設されたのに
日本がどんなに豊かになっても
保護しなければならない子供達が減ることはなかった、と。


「絆」というものを考えてしまう。

もうすでにこの言葉も使い古されて手垢がついてしまっているようだ。
そして、ある憤りが込み上げてくる。
これほどの厄災を目の当たりにしなければ、与えられなければ、
わたしたちはそれを確認できないものなのか。
もし、これが神の仕業であるとすれば
わたしは神を呪うだろう。
いや、そんな小回りのきかない無機質無情で不確実な存在を信じない。
存在しえうるのは目前の現実だけだ。
それに直接、手を差し伸べられるのは私達だけなのだ。

救われる映像もたくさんあった。
被災した姉妹が復旧した電話から父親と安否確認をしていた。
たぶん、父親は仕事の関係で県外にいたのでしょう。
妹が笑顔で父親と話していた。たぶん家族は大丈夫だったんだろう。
「お姉ちゃんと代わるね」
妹の傍らに寄り添っていた姉にようやく受話器を渡した。
父親が、必ずすぐに迎えにいくからと励ましていました。
その声に頷く姉。小学校六年か、それとも中学一、二年生でしょうか。
今度は妹がニコニコして見守っている。

緊張の糸が切れたんでしょうね。
姉が泣き出しました。

「あっ、お姉ちゃんが泣いた。お姉ちゃんがはじめて泣いた」

この姉は健気に、姉として妹を守っていたんだ。
まるでトトロのサツキのようでした。

「絆」を確認しました。


私達はあなたかちから目をそらさない。
見守っています。絶対に見捨てたりしない。
だからね、「頑張れ」って言葉を誤解しないでほしい。
これは私達自身を鼓舞する言葉なのです。
あなたちだけに無責任に叫んでいる言葉じゃない。
私達が頑張るための合い言葉なのだ。
私達があなたたちから目をそらさずに、
今、これから、私達ができることを考え
行動するための言葉です。

無責任に誰かのせいにしないで
節電をしたり、不安であっても踏みとどまって
決して買いだめをしない。
理性と人間の尊厳を死守するための言葉です。
絆は血縁だけではなく、国民のなかに絶対にあります。
わたしは神を信じないけれど
その絆は信じられる。

私達はみんな繋がっている。

絶対に切り捨てたり、見捨てたりしない。
そんことは許さない。
それをしてしまうと、私達自身の死を意味するからだ。

一緒に生きましょう。