あかんたれブルース

継続はチカラかな

怒りのデラウエア



感情について
その喜怒哀楽を抑えることが大事だと考えられている。
それがゆえに嫉妬を、諍いを、生み
傷つき傷ついてしまう。

しかし、感情を封印できるか?

喜ぶべきときに喜び、怒るべきときに怒り、
哀しむべきとくに哀しみ、楽しむべきときに楽しむ。

正当に、である。

これのどこがいけない。


なんてことを以前も記事にした。
なかでも怒りに対して、わたしたちは怖れる。
それを悪だとする。

前回はそれを(突発的)感情的な怒りと
戦略的な怒りに分類してみましたが・・・

昨日、BSでちらりと空海を紹介していた。
偉い坊さまです。

日本に怒りの仏像をもたらしたのはこの空海だそうです。

それまでの仏像はすべて「慈悲」の仏像だった。

空海はね、慈悲だけでは救われないと考えたようです。
中国に留学中に怒りの仏像の存在を知る。
その怒りのなかにある慈悲が救いとなるのだとか
思ったでしょうかね。
すみません、そこのところ違うことを考えてて聞きそびれたが
まあそんなところです。きっと。

わたしたちは怒りに対してナーバスだ。
そういうストイックさって不自由のもとだと思う。
好んで揉めろいうのではなく、
正当に怒ることも必要だし、
慈悲と共にある怒りというものを考えてみるのも
よいのではなかろうかと、思った!