あかんたれブルース

継続はチカラかな

魔が憑く意外な原因



者(家)+魔=亡者

について

魔は者(家)といった成人とか完成したものにしか憑かない
と言い切りました。
虫とか坊は未成熟なのでまだ実体がありません。
だから、憑きようがないのですね。

その実体がしっかりしていたら問題はないのですが
弱っていたり、いいかげんだったり、隙間があったりしたら
スーって入りこんできますよね。くるくる

ある程度の緊張感、節度、修身ってものが肝要かと思う。
先日もJJ.と話したのですが
よく仕事とかなにかで肝心なときに風邪引いたり事故ったり怪我する
奴がいますが、それはそういうわけで気持ちに弛みがあるからだ。
魔は集中力を低下させる。
もしくは変なことに集中、執着させるものです。
マイナス思考とかもそれですかね。焦りとか

成人とか完成というと誤解されるかもしれません。
そういうものを求めた段階で、それ(実体)はうまれる。

その実体をイメージしたときに存在するんですね。

それは、なにか、というと

「信じる」ということだ。

信じるということはとても重要なことで
宗教でも恋愛でも志でもなんいでもこれがないといけない。
まずここからです。
だから信じろ信じろといわれる。

問題は、何を信じるかだ。


また、本気で信じられるものかどうかだ。


この2点がうまくいけばいいのですが
ここに問題があれば、魔はヤッホーって押しかけてくるよ。

じゃあ何も信じない。

これも逆説的にいえば
そういう「何も信じない。」ってことうを信じようとしてる。
上記の2点をクリアできてないから憑かれます。


抽象的でわかりづらいかな?


魔がとり憑くのには因果関係が必ずあるといったのは
その出発点において
何を考え何を信じてどう行動してきたか、だ。
これが因果の因であって
その結果、どうなったかであって
もしそれがよろしくない
(なにをどう判断するかは難しいが)
とじみじみ自分で思うのであれば
その出発点のそれを考え直してみる必要があるのではないか。


たとえば、
人間なんて信じられない。所詮世の中カネよカネ。

と信じて、それで問題がないのならいいのです。
それで問題があったら
その考えに無理があったんじゃないかと。

人間なんてと一口で言い切られない。
いろいろな人がいますからね。
ヒドイのも、ずるいのも、うすっぺらなのも。
でもそうじゃないのもいるわけだ。
だから、人間を信じないっていうのは間違っている。
力業なのだ。無理がある。
人間は一人では生きていけないから
信じないと生きていけない。
大切なのは信じないことではなくて、
何を、誰を、信じるか、なのだと思います。

所詮はカネよカネというけれど
カネで解決できないことはある。また、そう思っても
カネが入ってくるわけでもないし、
入ったら入った出また厄介が憑いてきますよ。
おカネを否定することはないけれど、
あんまりそれにとらわれすぎると足元をすくわれる
魔が憑くぞ。
亡者になってしまう。


信じる信じないはその人次第です。
自分のことですから自分で考えてみるといい。
わたしはどこぞの宗教団体とか保険のセールじゃない。

これはオカルト噺じゃなくて、メカニズムだ。
こんなふうにまわってるって話です。


では、そろそろ本丸に突入します。