あかんたれブルース

継続はチカラかな

ある父親の実録メルヘン

ハンカチ物語(2)


最近、自分の周辺でアスペルガー(症候群)という
言葉を聞く機会が多いです。
多動少症、自閉症など現代の子供たちが抱える
シンドローム的障害なのでしょうか。

そういったものを子供たちの個別の、先天的な障害と考えるか
社会環境による後天的な症状と捉えるのかは意見も分かれるでしょう。

追い込まれている教師の立場にたてば
一人の生徒のためにクラス全体の授業を妨害されると
悲鳴をあげている。
かといって、それを排除・隔離することが
決して良いやり方ではないことも解る。からこそ
彼らは苦悩しているわけです。矛盾とジレンマです。

昨日お話した夢塾の講演のひとつに
野宮孝弘さんの「子供は宝物! 個別力を」があった。
画一的な教育方針ではなく、もっと広い視野にたって
子供たちを理解してほしいというものですが、
話の内容は野宮さんの体験談でした。

彼の息子さんは算数がまるでだめで
3+4がわからない。数字の配列の構造が理解できない。
そのことは小学生からの彼と奥さんと息子さんの抱える問題でしたが
中学生になってもいっこうにそれは解決しない。
父親として、必死にそれを特訓するのですが
どうにもだめなようです。

ただ、この息子さんの生物とか植物の世界への興味は大変なもで
なかでも「食虫植物」に小学校の頃からハマった。
父親として、なにかひとつでも興味のあるものがあれば
そこからを切っ掛けにして、と考えてたそうです。
千葉在住のアマチュア植物研究家の方に会いたいと
息子にせがまれれば休みの日にクルマで連れていったりもしたそうです。
そのとき、この父親が驚いたことは
小学校5年生の息子と、60歳近いその研究家が
対等に会話している不思議なシチュエーションだった。

やがて、この息子さんは「食虫植物」のマニアの間では
ちょっとした有名人になったようです。
家にはときおり全国のマニア・研究家から電話が入り
息子さんに質疑応答の相談があるほど。

大の大人に対して息子さんは
「いや、それは違う」「それは○○だと思います」とか
テキパキとアドバイスする姿も、父親として不思議に映った。

それでも、学校の勉強はまったくだめです。

ある日、息子さんがぽつりという。
「ねえ、パパ。ボク高校へは行けないのかな」

その問いに野宮さんは言葉を詰まらせた。
息子さんの通知表は上から下までオール1なのだそうです。
これでは公立高校は絶対に無理なのです。
私立ならなんとかなるかもしれませんが、経済的な余裕がとてもない。

そこで父親はこういう提案をした。
評価には個別に「やる気」とか「意欲」があるから
せめてそれだけでもアピールさせようよ。

でも、それが難しいといいます。
息子さんにとって意味不明の授業は苦痛の何者でもなく
どうやってそれを過ごすかだけで精一杯。授業中は
ほとんど寝て過ごす逃避行動で乗り切っているとか。

それでも父親はあきらめなかった。
じゃあ、その解らない事、言葉を、ノートにメモしてみようよ。
なんでもいい。解らない言葉、単語をとにかくノートに書く。

息子さんはこの父親の提案を受け容れた。そして実行しました。

その後、授業参観で息子さんの姿をみて驚いたそうです。
一番前の席で熱心に先生の話を聞いて
一生懸命ノートをとる息子の姿があった。

かといって、学習能力がアップしたってわけじゃありませんよ。
ちんぷんかんぷんはそのままなんだ(涙)
でもね、変化はありました。
通知表の評価のABCDがすこしずつアップしていった。
そのうちオール1だったのがところどころに2が!
2が増えていく。そして体育とか3になったり・・・

結論からいうと息子さんは公立高校に合格しました。
推薦でしたが、見事その資格をクリアしたのです。
因みに推薦を有利にしたのには息子さんの
「食虫植物」の研究レポートがユネスコで表彰された
というのもあったそうです。

この話をわたしはメルヘンのように聞いていた。
でもこれはサクセスストーリーじゃない。
わたしの妄想はさらに続いている
それは、彼の息子さんがやがて日本屈指の、いや世界の
食虫植物の研究家になっていた。


西原理恵子の記事で
彼女には「絵」という特技というか武器があった。
この息子さんも「これ」という得意ジャンルがあった。
映画『レインマン』とか『フォレストガンプ』を彷彿させるけれど
それ以上に、親と子の信頼があって、それを理解する教師たちもいた。

学校教育の問題は制度やシステムの問題でもある。
けれども、それはそれとして、
私達自身の世の中の見方や基準や価値観も大きい。
親としての子供への信頼と愛情も大きい。
そういうものが子供の立ち向かう勇気になる。
教育とはそういうものではないかと思います。

この息子さんの話を特別なものとするのではなく
そんなふうに受け取ってもらえないかと、思うのです。

私達はもうすでに疲弊しヘトヘトだ。
画一的な枠組みのなかでは窒息してしまうほどに
こういった矛盾に苛まれています。
それを考えないようにすることが、よい方策だとは思わない。

大学入試制度全廃には大きな効果があると思います。
けれども、それだけではなく
人間の尊厳とかプライドとかを守れる社会。
それは「志」とかを育む、否定したり嗤ったしない社会だ。

ひとことでいえば、それは「愛」なのだと思う。

野宮さんの話には愛がありました。
どんなときでも息子を信じて守ってやろうとする姿勢と行動。
そういった愛が息子さんに勇気を与えたのだと思う。
これは個別なケースの話ではなく
普遍的な事実だ。