マグロ女と芋侍
愛燦々と好みに応じて
わずばかりの運の悪さを恨んだり悔やんだり落ち込んだりして
人は アホで間抜けでいいかげんなものですね
人生って・・・
楽ありゃ公文式♪
美空ひばりから水戸黄門まで人生を謳う
人生とは人が生きるということです。
英語だとLifeなのかな
生活。
そのもの、そう考えるとすこし気が楽になります。
顔を洗って歯磨いて飯食ってうんこしてゴミ出して働いて遊んで
恋してセックスして結婚して浮気して叱られて学んで悩んで病んで老いて死ぬ。
是すべて人生だ。
人間は考える葦だという。
考えるということは、悩むということでもあります。
悩むなという人もいいるが、それは無理だ。
悩まないという人もいる。それは嘘だ。
ソ、ソ、ソクラテスもプラトンもみんな悩んで大きくなった。
と死んだ野坂昭如は歌いましたっけ。聴いて見る?
http://www.youtube.com/watch?v=hAJz3U3p9vY
わたしたち世代にとって悩むことは
そうさほど酷なことではなかったと思います。
内容にもよるでしょうが、
すくなくともいまどきの人たちほどに警戒はしない。
真剣さがないのだろうか?
いにしえの人たちはもっと深刻に悩んだようです。
で、救いを求めるために必死に悩んで宗教というものを生み出した。
偉いものだと思います。
いろんな宗教が生まれ派生し、いろいろな民族、人間、人生がある。
それを踏まえて
ひとくに人生ってなにかといえばジャンケンだと思う。
人間はグーチョキパーを編み出した。
このみっつを駆使して勝ったり負けたりそうでもなかったり
わずばかりの運の悪さを恨んだり悔やんだり落ち込んだりしている。
ここに悩みが生まれる。
宗教とはたとえば足立区役所の五時の放送のようなものだ。
公園で必死にジャンケンに興じる餓鬼に
「こちらは足立区役所です。午後五時になりました
良い子のお子さんたちはお家に帰りましょうぴんぽんぱんぽん」
この啓示で、それまでの一切を反故にして
私達は家路につく。
なかにはそれに従わない餓鬼もいますが
やがてひとりぼっちになって夕闇に包まれていく
人間の知恵や知識、そのすべてを超越する存在。
こういう存在を生み出した人間の智慧って凄い。
なんでも自分で解決できる解決しようとする考えには
驕りがあるものです。
人間っていうものはちっぽけなもので
自分を中心に相対的にしか物事を判断できません。
そのたびに揺れてしまう。
イエスとノー
そのふたつの間にはなにもないのだろうか
大分焼酎二階堂のコピーが脳裏を駆け抜ける
幸運と不運、幸せと不幸せ、喜びと悲しみ・・・
その間の空に立つことが唯一の救いなのだという。
わたしは特にそれをほしいとは思わない。
けれども飽きちゃった(汗)
面白くないんだな。
そのふたつの間にはなにもないのだろうか
おなじようにたたずんでいるひとをみつけた。
ジャンケンの星取表を捨てて
わたしはその場を離れ
まっすぐにそのひとのところに帰る
うしろからそっときみを抱きしめると
懐かしい匂いがした
忘れていた本当の自分を思い出したような気がしました。
わたしは芋100%薩摩焼酎馬太郎ブッ