あかんたれブルース

継続はチカラかな

村山さん、弾はまだ残っとるがよ

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近現代史というと難しそうで敬遠されそうですが
こういうのを作ってみました。
本日が最終校了日です。
講談社から今月の19日前後に全国書店に並ぶと思います。
お近くの書店にない場合は注文かもしくは
ネットで購入していただければ嬉しいです。

今回のテーマはマスメディア。
マスゴミと常日頃揶揄される、アレよアレ。
そのなかでも、朝日新聞を取り上げたのは
この媒体の発展成長の軌跡が日本の近代化と
歩調を合わせていることからでした。

また、現在の朝日批判は根強く
それはイコールマスメディアの不信感ともリンクしている。
論争の罵倒にも用いられていますよね。

そして、先の戦争の戦争責任について
ここできっちりと、はっきりさせたい。

いわゆる「朝日本」というのは数多く出版されていている。
ひとつは、
朝日新聞の戦前戦中の報道の在り方と
戦後手の平を返したような論調に対するパッシングです。
もうひとつは、
ある意味でその弁明とでもいうか
「仕方なかった」という当時の環境を全面に出して
教科書的にすりかえる手法のものです。
すべては軍国主義、一部の軍部と右翼のせいにだとするもの。

そのどちらも間違いではないけれど、不完全であり
本質を捉えてはいないと常々不満に感じていました。

わたしは朝日を擁護する義理も利害もまったくない。
かといって、ある事実だけをもって鬼の首でもとったような
中国韓国人のような論調は好かん。
日本人として日本人らしく
フェアに捉えたい。

歴史認識というのは
ある時代だけの状況や事象だけを切り取って
「こうだ!」と白黒つけられない。
そこには必ず、因果と時間軸の流れがあるものです。

それと、小難しいアカデミックなものではなく
もっと生々しい人間臭いドラマで描きたかった。
だって、すべての歴史には人間が必ず絡んでいるわけです。
そこには108の煩悩がある。
それが水滸伝というコンセプトであり
悪漢好漢の群像劇なのだ。

(↑)のダミーのイメージから
人間関係愛憎相克の抗争劇みたいな感じがあるでしょ。
そのほうがわかりやすく感情移入しやすいと。
そのときその状況でその場面で
自分だったらどうしたか、考えてみるのもいいかも。

自分が米内光政だったら
緒方竹虎だったら美土路昌一だったら村山長挙だったら

要は
映画『仁義なき戦い』の朝日新聞抗争死闘篇にしたかったのだ。

かといって、これはフィクションではなく
実録バリバリのノンフィクションで綴られた
渾身の320頁の書き下ろし巨編なのだ。

セリフはすべて出典先がはっきりしたものばかりです。 

幸いなことに、役者が揃っていて
というか世の中とは不思議なもので
ここにも歴史の相似が存在した。

これより発売まで
この本の紹介もかねて、
本文中に入れられなかったエピソードや
こぼれ話与太噺をふくめて
メディアというものの実相を紹介していきたいと思います。
それで近現代史に興味をもってくれたら幸い。
この本かってくれたらなお幸い、です。

スパイや右翼や暴力団
テロ、クーデター、インサイダー取引
疑惑や陰謀などなど実際にあった活劇以上の実話の事件。
ま、ときどき脱線するでしょうが
手に汗にぎるエンターテイメント近現代史でレッツゴーゴーゴー!