あかんたれブルース

継続はチカラかな

美咲からの二度目の電話

美咲とわたしのお話(4)


 昨夜、美咲からの
 二度目の電話がありました。

 なぜか受話器を取ったあとの沈黙で、
 彼女だと確信しました。
 前回、不用意にも
 彼女の名前を口に出してしまったことを
 私は後悔していたのです。

 あの日は電話を切られてしまったので、 
 今度は慎重に
 こう言ってみました。

 「どこからかけているんだ」

 私の問いかけに、彼女は暫く躊躇したようです。


 ・・・


 沈黙の後で、
 「駅前の公園」という意外な答えが
 返ってきました。
 私はもう一度確認すると、
 妻に煙草を買いに行くといって外に出ました。

 駅まで歩いて七分。駆け足なら四、五分の距離です。
 トラックのあるその大きな公園の片隅には
 砂場とブランコと滑り台のワンセットが
 設置された小さな幼児用スペースがあります。
 街灯の光がそこだけを 
 スポットライトのように照らしています。
 そのブランコに
 白いスプリングコートを羽織った女性がいる。

 背を向けているので顔は分かりません。
 昨夜は寒かったので少し震えてしまいました。
 私の胸の動悸は走って来ただけの理由ではない。
 立ち止まってしまった後、
 ゆっくりと近づいて、
 彼女のすぐ後ろまで…

 「ずいぶんはやかったわね」

 振り向いたのは、確かに美咲でした。

 私は無言で隣のブランコに腰をおろします。

 沈黙と鼓動の音。
 私は無意識にポケットから煙草を探す。すると、
 「はい」と美咲が煙草を差し出します。

 封は切っていますが手つかずのそれは
 私の吸っている銘柄と同じものでした。
 手渡されたケースから一本取り出すと
 美咲はライターを差し向けて
 火を灯します。
 私は彼女の手からそのライターを奪うと、
 「そんなことするもんじゃないよ」と
 不機嫌に、自分で火を着けます。

 「煙草吸うのか?」
 「吸わないわよ。煙草切らして出てきたんでしょう」
 「あっ、ああ」
 「でも、いいの? 
  お医者様からお酒も煙草もやめるように
  言われてるんでしょう」
 「なんでも知ってるんだな」
 「なんでもお見通しですよ」

 戯けるようにこたえる
 美咲は大きくブランコを蹴ります。
 その軋む音が宵闇の小さな公園に響く。
 白くほっそりとした脚、白いローヒール。
 肩まで伸びたストレートヘアーが揺れる。

 「ウチに来いよ」

 「う~ん、今夜は、遠慮しとこうかな」

 「なぜ?」

 「ワタシが突然お邪魔したら
  おかあさん取り乱しちゃうわよ」
 「そんなことないさ。喜ぶにきまってるじゃないか」
 「そうかもね。
  でも今夜はやめとく…。それよりKちゃん元気?」
 「ああ、元気だよ。あいつも喜ぶよ」

 「うん、今度ね」

 「今度?」

 「今日はおとうさんと会えただけでいいの。
  幸せってね、小出しに味わうものなのよ」

 「…美咲、いくつになった?」

 「二十一。もうすぐ二十二歳だけど。
  自分の娘の歳を忘れたの?」
 「いや、そんなことはない。

  ちゃんと分かっているさ。聞いてみただけだよ」


 そう、美咲は私の娘でした。