あかんたれブルース

継続はチカラかな

美咲の風の残り香

美咲とわたしのお話(5)


 「今夜は寒いね」

 不意をつかれてしまった。
 美咲が私の背中に体をもたれかけてきて、
 囁きます。

 「でも、おとうさんの背中は温かいよ」

 この言葉に、私は急に不安になってしまいます。
 なんとなく彼女が
 泣き出すんじゃないかという不安です。
 なにか言葉を探さないと…。

 「美咲、背高いな。身長いくつある?」 
 
 これしか思いつかない。

 「五十五メートル」
 「それじゃあゴジラじゃないか」
 「ガオー! 襲う・・・! 」 

 美咲が私の肩に噛みつく。つこうと、する。

 美咲が耳元で

 「ワタシは泣かないよ」

 途端に今度は背を向ける。
 背中と背中が合わさってしまいます。
 ドキドキしました。

 「さっき、ワタシの脚みてたでしょ。エッチ」

 意外な一言に、私はまた言葉を失ってしまいます。

 「オバケに足が生えてて驚いた?」
 「そ、そんなこと…」
 「フフフ、オバケにだって足はあるんだぞ」

 そして、美咲は私をすり抜けるように
 クルッとターンを決めます。
 私の正面に立つ。
 コートの裾を両方の親指と中指でつまんで、
 お辞儀をする。
 まるで舞踏会のシンデレラのようでした。

 もとの姿勢にもどして、

 「美咲は泣かないよ。
  涙を流すと、美咲は溶けてしまいます」

 「・・・」

 「だからワタシを泣かせてはいけません」

 「もちろんだとも。泣かしたりするもんか」

 「おとうさん、今度、飲みに連れていって」

 「今度? ああ、いいよ」

 すべてに戸惑っている私。

 「美咲、なんでイトウなんて嘘をついたんだ?」

 そんな私に向かって、美咲は敬礼します。
 「それでは、
  ○●(私の本当の苗字)美咲帰還致します」
 「えっ、き、帰還って、どこに帰るんだ?」
 「コーポラス多磨霊園七〇五号室、なんちゃって。
  あっ、彗星!」

 美咲が指さすので、私はつられて振り返ってしまった。
 小学校の校舎に阻まれて夜空なんか見えない。
 彗星って?
 再び美咲の方を振り向くと、
 もうそこに彼女の姿はありません。

 私は、焦った。
 美咲を追いかけるように
 小さな公園から、トラックのある
 広い公園に走りました。
 しかし、どこにも美咲の姿はない。
 その時、柔らかい風が吹いてきて、
 私を包みました。
 そして、風は通りすぎていきます。

 美咲の香りがしました。