あかんたれブルース

継続はチカラかな

封印できない贖罪

美咲とわたしのお話(8)


 私は決して子供は作らないと、
 若い頃に誓ったことがあります。

 ひとつは人間として自信が持てなかった
 ということもあるでしょう。
 二十代の頃はただがむしゃらで
 漠然とした指針しか持ち得なかった。
 同時に、
 いつになれば大人というものに成れるのか
 不思議に感じてもいました。

 私自身が父親との確執など色々な問題もあって、
 結婚さえも考えていませんでした。

 妻と同棲して二年ほど経って、
 駅前のマンションに引っ越しを考えた時に
 夫婦の証明が必要だったので
 「婚姻届け」をだしたようなものです。

 それから暫く経って、妻が妊娠します。

 正直なところ戸惑いました。
 私以上に、妻も戸惑ったようです。
 「産もうか」私の言葉に妻は首を横に振ります。
 そういった私も
 どこまでが本心だったのか分かりません。
 二人はまだ若く、
 すべてにおいて未熟だったのだと思います。

 私たちは罪びとです。
 私にとっての結婚という契りは
 神という存在を敵にまわす旅立ちのようでした。
 その出発点から巡礼のようであり、
 その呵責に駆られ苛まれて、
 それを言葉にすれば、
 石を投げられ二人は追い立てられるような
 影を背負ってしまった。

 私にとっての結婚とはそういうものでした。

 だからタフでなければやっていけない。
 私と妻はそのときに、
 一生子供は作らないと誓いました。
 もう、二十二年前のことです。

 それから十三年後、
 私たちは人の親になります。
 妻は再び妊娠しました。
 その時、私は迷わなかった。
 そして、あの時の誓いを反古にしました。
 高齢の初産ということもあったのでしょう。
 破水の知らせを聞いてから
 妻の出産の気配はなかなかありません。

 そして、ようやく兆候が現れると
 妻の微弱陣痛は四十時間も続きます。
 その晩、私は妻の背中を一晩中さすり続け、
 陣痛と陣痛の波の底のひとときの安息に妻は眠り、
 私はトイレに駆け込んで泣くのです。
 そして奮い立って励まし、
 さすります。今思えば滑稽な出産の想い出です。

 夜があけて、
 その日のお昼前に、我が子と対面しました。

 私がこの世で知った最高の慶びがこれです。

 私たちは親になり、
 大人になったような気がしました。

 「どうしたの?」

 不意に美咲の声で我に返ります。

 「いや、ちょっと。
  なんだビールもう飲んでしまったのか。
  お代わりをもらおう」

 「いいよ。それより、
  おとうさんと同じものがいいなあ」

 美咲は私の日本酒を悪戯っぽく指さします。

 「ははは、じゃあ、お猪口をもうひとつ頼もう」

 私は冷酒用の硝子のお猪口ともう一本
 お酒を注文しました。

 美咲が少し体を持たれ掛けてきます。

 寄り添う柔らかい感触が私を
 覚醒させていきます。




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