あかんたれブルース

継続はチカラかな

君がいた夏祭り



八月に入ってあちこちで夏祭りが催されている。
知人に頼まれてとあるお寺さん盆踊りの
警備をやることになりました。
開始は7時からなのですが5時頃には
場所取りなどで結構な賑わいとなった。
カップルや家族連れ、浴衣姿に勤め帰りの人々
そんななかで
5時半頃だったか、日傘を差して
若い女性が白い下駄で品よく現れた。
出店の先で立ち止まり背伸びするように
櫓の先を見渡している。
待ち合わせをしているようです。
藍の浴衣に紫の菖蒲が染められている。
誰の見立てなのか、それとも当人の好みか
清楚で控えめで風情がある。
なんかいい感じなんだなあ
きっと名前は「忍」だな。よし忍で決まり。

しばらくたつとどこかに行ってしまったのですが
6時過ぎかな、ふと忍を発見。
まだ佇んでいる。
もう助六太鼓の練習が始まっていた。

こんな素敵な女性を待たせるなんて・・・
どうしようもない男だなあ
日が傾いて吹く風が綺麗に整えたその黒髪を
愛撫している。ああ風になりたい。
それにしても、7時になっても待ち人は来ない。
もう1時間半も佇んでいるよ。
なんか気になって仕方ないんだ。

声でもかけてみようか・・・
なんてかける?

「お揃いですね」
「えっつ?」
「ほらあなたの浴衣と僕の警備服
 お揃いの青だ」
「まあ」
「待ち合わせですか」
「ええ」
「ひどい奴だなこんな素敵な人を待たせるなんて」
「そんなあ」
「僕だったら絶対しませんよ」
「お上手ですこと」
「いやそんなに上手くない」
「あらそうですの?」
「三こすり半です」
「マッチみたいですね」
「そんなに固くない」
「小さいの?」
「まあ平均よりちょっと小さめです」
「正直な方なのね(笑)」
「誠実です。だから待たしたりしません」
「ほんと?」
「すぐです。なんたって三こすり半ですから」
「情熱的でいらっしゃるのね」
「スペインの血が少々」
「まあほんとですか」
「内緒ですよ」
「ええ」

「すいませーんトイレどこですか?」

雑踏のなかの不躾な質問で我に返る。
トイレはあっちのテントの裏と教えて
ふり返ると彼女がいない。
妄想してる間に忍を見失ってしまった。
ようやく彼氏と落ち合えたのかな。
忍よかったね。
嬉しいような、すこし残念なような
幸せな家庭を築いておくれ。

8時を過ぎると宴もたけなわ人出も大賑わい。
踊る輪を囲む見物人の群れと移動する人波を
かき分け巡回中に、
あっ! 忍を発見。思わず無線で報告しそうになる。

忍の横には60代前半の浴衣のオバちゃん。
なーんだ待ち人は彼氏じゃなかったのか。
きっと知人の婦人会の人なんでしょう。
まったく忍らしいねえ。
そんなんじゃ縁遠くなっちゃうよ
わたしが誰かいい人でも紹介しなくっちゃねえ
なーんて考えちゃうからおかしなもんだ。

そのときどどおーんと花火が打ちあがった。
群集がいっせいに夜空を見上げる。
わたしの恋心のように一瞬でそれは消えた。
ふり向かず見上げることもなく
わたしは人ごみのなかに流されていく。

さようなら忍ちゃん
しあわせになるんだよ。