あかんたれブルース

継続はチカラかな

テーマは民主党粉砕選挙

日本エシャレット連合(3)


衆議院解散総選挙が決定しましたね。
「大儀なき選挙」なんていう野次もある。
不信の時代にあって
昨夜の安倍さんの演説を詭弁と受け取る人も
多いのでしょう。

でも、選挙に行こうよ。

「なんでや自民党が勝つの決まりやろ」
「野党も消費税今回見送りには反対やないんやろ」
「争点はアベノミクスの失敗やいうてるで」
「失敗どうかはかは知らへんけど、それを問うのに
 選挙行く必要はないんと違う」

安倍さんは国民の信を問うといった。
消費税を破棄するわけでもなく単なる見送りに
なぜそこまでして信を問わなければならないのか。
税金の無駄遣いだという人もある。
現在衆議院は与党安定多数なのだから
ここで選挙に勝ってさらなる長期政権を目論んで
云々という人もある。

でもさ、民主主義という根本に立ち返って
考えてみてほしい。
自民党が与党が過半数であれば
野党含めて各政党がそれでよければ、
それでいいの?

安倍さんは責任政党として、
結果として公約を守らなかったから
だから国民に信を問うのだと明言した。
そりゃねえ安倍さんだってバカじゃないんだから
いろいろ思惑もあるでしょう。
そんなことはこの際どうでもいいんだ。
ここでの本題は、民主主義というものの基本であり
そういう本質を私達が忘れてしまっている。

わたしはルソー(1712年~1778年)が主張した
「正当な秩序と権威は理性的な合意から生じる」
という言葉を思い出している。
ここでいう秩序とか権威は現在我々がイメージする
権力というものではない。
この正当な、といのは
「人間の自然本性たる自由意志意志で
 なければならない」とルソーは言っている。

この18世紀のルソーの思想は現在でも
教育の面で強く影響されているという。
その解釈に問題があるのか、使い方の問題か
すべてがOKとはいえませんが
それでもルソーは偉いと思う。
そして、これが
私達が信奉する民主主義の基本姿勢なのだ。

文明開化の直後に自由民権運動というのが
日本を席巻しました。
この運動に火をつけた張本人がルソーの思想
だったといって過言じゃない。
みなさんが右翼だなんだいう頭山満玄洋社
このルソーにシビレタのだ。
右翼(?)の源流が、だよ。
右翼(?)だけじゃない。左翼も無政府主義者
み~んなルソーに影響されたのだ。
だいたいねえ戦後の右翼左翼というカテゴライズを
100年以上前の明治時代に適用させようとする
ことに無理があるんだよなあ。

頭山満とか杉山茂丸や佐々友房たちが奔走した
その原動力がルソーの思想であり、
それを一言でいえば民主主義という自由な生き方
理想にあったのだ。
別に彼らは政府権力に擦り寄っていたんじゃない。

今回の選挙の大儀は国民の信を問うものであり
履き違えられうすっぺらになって地に堕ちた
民主主義というものを取り戻すものだと
わたしは思います。

「で、どうすんの?」

この選挙にキャッチフレーズをつけるとすれば
「野党粉砕選挙」だな。
あの国会質疑のくだならい稚拙な恥しい野党の姿
ああいうのを容認しちゃあいけない。
またそれで国民にウケるなんていう勘違いに
冷水を浴びせる、鉄槌を与える、お仕置きをする
国民の信を問う絶好のチャンスじゃなかろうか。

あの海江田代表の詭弁を
野党の連中の言い分を納得できるものなか?
恥しくないんだろうか?

自民党過半数なんてケチなこといわないで
自民党大圧勝、野党総崩れ
民主党解党社民党消滅にまで追い込んでほしい。
また、それぐらいないと国民の真意を勘違いしてる
無責任なマスコミの目も覚めないのでないでしょうか。
野党も自分達の存在の意義に気づかないのでは
ないでしょうかね。

舐められているんだよ。

自民党が大多数となって野党の力が失われることに
危惧する人もいるでしょうが、長い目でみて
今回ぐらいはそういうショック療法があっても
いいのではないかと思う。
だから、今回だけは選挙に行こうよ。

組合など組織票がバックにあるから
投票率が低ければ低いほど変に生き残ってしまう。
そういう中途半端じゃ駄目なんだ。
無論、その後に自民党が増長したら
民意として意思表示すればいい。
そのときは野党もちゃんと建て直ししてるのでは
ないでしょうか。バカじゃなければ。
維新の党など頑張ってほしい政党もあるわけです。
橋下さん江田さんしっかりしてくれよ。
苦言は呈すが期待はしてんだから。
とにかく、ひと時代終わったんでしょうねえ。

大事なのはそんな先々の心配じゃない。
いまここにある危機なんだ。
それが、民主主義の危機だ。

とにかく選挙には行こうよ。
間違っても民主党に入れるなよ。
わかったあ?