あかんたれブルース

継続はチカラかな

わたしは怒っていないから



その日、パーティーの喧騒から逃れるようと
バルコニーで夜風にあたっていた。
ふと傍らに黒いドレスの女性が現れ
マティーニはいかが」とグラスを差しだす向ける。
「できれば昆布茶のほうが」というと
もう片方の手にもった信楽焼きのカップを差し出した。
私を見つめて話さないその鳶色の瞳に
「どこかでお会いしましたか?」
彼女は視線を外してまっすぐに姿勢をかえて
去年マリエンバートで

私には記憶がない。

チェコのリゾート地マリエンバートで
なにがあったのだろうか

その女性は再びさぐるような眼で
わたしをみる。
小悪魔が悪巧みするように
渡されたカップを口にして
この緊張を緩和させようと努めてみた。
冷めた昆布茶がしょっぱい。

おもむろに彼女の手が私の股間ぎゅうと捕らえた。
ぎょっ! びっくりして鼻から昆布茶
海水浴で溺れたような感じで粘膜が痛い。

「すこしは生えそろったかしら」

忘れていた苦い思い出が蘇ってくる。
思い出したくなかった痛い思い出。
小学校3年のときに磯で溺れかかった夏休み
違う!
去年マリエンバートで私はむしられたのだ……

とまあそんな具合で人間の記憶なんてぇものは
いい加減なものでございます。
嫌なこと忘れちゃうんだよね。
だけでなく歳とるとやたら忘れっぽくなる。
ブログ書いてても何を書くんだったか
途中で忘れるし、言葉が出てこない。
あれなんていうんだったけ、誰だったけ…
それを数年前から自覚しだした。
あと数年後には自覚すらしなくなることでしょう。

それでも自覚する、してる人できる人と
自覚していない人との差はデカイ。
ルイちゃんなんか自覚してない部類だ。
そのくせやたらとわたしのことを
忘れっぽいだのボケだの爺だのと罵倒する。
そうなるとこっちも「お前こそ」と
これまでのことを言い募る。
そうなるともう婆と爺の言った言わない
やったやらない食った食わないの泥仕合だ。
えらく低レベルな会話のようですが
これがボケ防止のリハビリなんでしょうねえ。

忘れていませんか?
わたしから借りた100万円
いまからでもいいですから振り込んでください。
三菱東京UFJ赤坂支店普通
口座番号はゲストブックに入れておきます。
心当たりのある人は恥しがらなくていいから
申し出てくださいね。
わたしは怒ってなんかいません。
根気よくいつまでも待っています。
あなたが思い出すまで、ずっと