あかんたれブルース

継続はチカラかな

パンツを履いたずぶ濡れの英雄

Aさんのお話(1)


整体師さち子のお客さんのAさんは
母方の祖父に似てる。なかなかの男前だ。
Aさんは70ぐらいの寡黙で上品な紳士なのです。
そんなAさんが久々に来店して
「いやあ体中が痛くてかなわないんだ」と
こぼしたそうです。
どうかされたんですか?
「いや、この間の火事でさ」と先月半ばの
簡易宿泊所の放火のとき上の階から
飛び降りてきた人を受け止めて腕を痛めたと。

えっ、人命救助をされたんですか!

「みんな年寄りだからやさしく受け止めようと
 してたんだが、ダメだね5人目では
 思うようにいかなかったんだ」

ご、5人・・も

「可哀想に最後の奴はススだらけで真っ黒でさ
 結局助からなかったよ」とぽつり

実はこのAさんあの火事の宿の
住人だったのだそうな。
いつも小奇麗なのでさち子は意外だった。
しかも一階の火元の近くの部屋だったそうな。

あの晩、ふと目覚めてなんか煙が部屋に入ってくる。
たまに夜中に魚焼く奴がいるので注意してやろうと
部屋のドアを開けたら!
すぐそこの玄関が炎で凄い勢いなんだ。
慌ててドアを閉めて窓から飛び降りたんだ。
危機一髪の状態。
だったのですが、隣の住人のことが気になって
Aさんは再び戻っちゃった。
「おい、火事だぞ。はやく逃げろ」と
Aさんは隣の住人と窓から逃げました。
それにしても火の勢いが凄い。
上からダイビングする泊り客をAさんが
受け止める救出劇はここからはじまるのだった。

そのとき
Aさんパンツ一枚だったんだそうですよ。

しかし大変な惨事でしたよね。

簡易宿泊所、通称「木賃宿」「ドヤ」
ドヤ街とは東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎
有名です。
最近は生活保護者の最後の砦みたいになっている。

火事で焼け出された人たちには
すぐに市の福祉課の人が来て一人8万円の見舞金
そのあと赤十字の人が5万円ずつ
「あいつら一晩で13万ももらいやがった」
とAさんは笑っていたそうな。
愉快そうに屈託なくね。

Aさんは生活保護受給者じゃないので
一銭ももらえなかったんだそうです。

なんか火事場でパンツ一丁でズブ濡れで
ススだらけの爺さん・・・

「でね、」
わたしはさち子の話に身を乗り出した。


続く