あかんたれブルース

継続はチカラかな

風の電話

明日で東日本大震災から五年たちます。
ここ数日、各局で震災にまつわる番組が
放送されている。
そんななかで
NHKの『風の電話』は染みた。
岩手県大槌町の海岸沿い近くに
小さな白い電話ボックスがある。
黒いダイヤル式にの電話が備え付けられている。
線は繋がっていません。
ここの所有者だった老人が震災で亡くなった従兄弟と
話しがしたくてこしらえたという。
線で繋がっていなくても
風が伝えてくれるのではないかというおもいで
つくったそうです。
いつしか
この風の電話のことを知り
震災で亡くなった大切な人と話したくて
訪ねてくるようになった。
風の電話
無論、語りかけても応答はない
けれども
語りかけずにはいられない。
それは哀しい喪の仕事(作業)だった。
みんなボロボロでメロメロでせつない。
観てるこっちもボロボロでメロメロさ。
でも、この温かさはなんだろう。
哀しい人たちの真心が伝わってくるようです。
みなやさしくつよい。
そのつよさとは一般的な強さではなく
神々しいというか健気なつよさだった。

テレビ番組としてドキュメンタリーとして
ヤラセという言葉では決して汚されない
神々しさがあった。
人間とはこういうものかと
いい意味で教えられました。

風の電話だなんて
子供だましいとかセンチメンタルとか
いう人もいるでしょう
そんなチンピラの張ったりなんか寄せつけない
そこには清らかな風がいつも吹いていて
そこを訪ねてくるものたちを
やさしくつつんでくれる聖地のような場所

つらいときしんどいとき
夢がなければ生きているいけな
本当に追い込まれたことのない人間にしか
持ち得ない英智だと思う。
「夢なんか持つものじゃな」という
臆病者のエセ現実主義者など屁の突っ張りにもならない。

風は伝えてくれただろうか

わたしたちのもとのはたしかに
伝わりましたよ。
だからきっと