あかんたれブルース

継続はチカラかな

舛添さんを許せる判断基準

朝方起きがけに書いた記事を
アップする前に舛添さんが辞任してしまいました。

ここんところ連日
舛添さんの憎たらし顔を観せられて
「人相」というのを考えさせられる。
これは今にはじまったことじゃない。

男の顔は履歴書と申しますが
生れつきもあるけどその人間の在り方からの
後天的なものも大きい。

舛添さんがテレビに登場しだした
『朝まで』とか『TVタックル』とかから
あの左頬を引き攣らせて批判攻撃する癖は
遂に都知事になっても直らなかった。
歪んだ上唇から歯が一部のぞく、あれだ。

昔、原敬長州閥の法王山県有朋
卑しいと影で評した。
これには山県の出自にも関係してるのだが
舛添さんの場合は
モロ卑しい人相に認定されちゃったね。

もっとも、観相学でいう大吉相というと
たとえば辻占の看板垂れ幕にある不気味な顔は
どう見ても池田大作だ。
教祖政治家社長詐欺師はああいう感じで
舛添さんなどはその足元にもおよばない貧相なのだ。
耳も鼻も顔のパーツすべて小作りで
大悪党ではなくコソ泥賽銭泥棒ぐらい。
だからそれを悪さのスケールが物語っている。

都民はそこに清廉を求めたのでしょうが
慎ましきズルが蟻の一穴天下の破れとなりました。

法治国家ニッポンにおいて
法で裁けない罰っせられない皮肉
でもだったら大丈夫というその根性が
国民の逆鱗に触れたのだ。
タカを括った自業自得なのですが
舛添さんの今後の心配よりも
私達自身の生き方の参考とすべきではないか。

昔ねえ、わたしが三十代の頃でしたかね
とある出版社の理不尽に腹を立て
何かとその非を訴えていたものです。
誰彼となく。思いを込めて。
そんときさ、自分の顔が引き攣ってることに気づいた。
ハッと我に返ったよ。
今思うとそれに気づけねたからよかったなと。

この騒動がいつか終結して落ち着い頃
舛添さんはテレビに復帰するのだろうか
それとも例の正体不明安否不明の出版社社長のところからでも
懺悔本とか弁明本とか真相本とか出して話題となるか

そのとき私達は赦せるだろうか。

そのときは、舛添さんの顔に注目だ。
もし変わっていたならば許してあげましょう。
変わってなかったら?
変わらないで生きていれるものなのだろうか。
それは舛添さん個人の問題というよりも
そういう社会世の中であるっていうのが問題だね。