あかんたれブルース

継続はチカラかな

六月灯と花火


母とわたしの夏休み(2)


復調した母が夕食は外で食べようよという。
食欲が戻った証でよい傾向だ
けれども今日の宅配福祉給食と
さっき買ってきたお刺身のことが気になって
わたしゃ生返事になってしまった。
そのとき花火の音がしてわたしの躊躇を払拭してくれた。
「今日は六月灯かあ」

六月灯とは鹿児島県(旧島津藩)限定の祭りで
各自が手作りの灯籠に絵を描いて奉納する
江戸時代から続く夏の風物詩のひとつです。
わたしも小学1年の頃から
自分で描いて神社にもっていったものでした。
薄い半紙にね『少年キング』のカラー口絵をトレースして
色を塗って灯籠の両面に糊付けする。
それ以前の幼稚園の頃は近所の兄さんに
軍艦の絵を描いたもらったものでした。
その灯籠に蝋燭で火を点して子供達が持ち寄るわけだ。

さっきの花火は近くの神社の
開催のお知らせだったんですね。
運動会とか地域の催しもの開催の告知でやるでしょ。

「母ちゃん今日はロッガッドーだっど行ど」
と誘うと「行っが」と母も大乗り気です。
そんなわけで外食はやめて
自宅で夕食の後、母の手を引いて近所の神社に行った。
歩いて4、5分のすぐのところなのだ。

六月灯とは懐かしい
かれこれ四十数年ぶりでしょうか。
ところが、わたしが思っていたのとは違い
実に閑散としてた。
地方の過疎化、少子化。子供が少ないのだ。
屋台の出店もたったの二軒。
奉納された一般の灯籠は二十ぐらいでしたかねえ。
昔は神社の周りを軽く一回りするぐらい盛況で
その明かりが華やいで実に幻想的だったものです。
活気があったのだ。
発電機のモーター音、イカ焼きの匂い、花火の火薬の臭い。
隣のグランドではバックネットに大きな布を垂らして
座頭一とか坂本九助六の映画を上映してたものです。

それがこのまばらな、なんとも閑散とした風景。
一応実行委員関係者のテントに三、四十人が
パイプ椅子に座ってビールなど飲んで慰労してるぐらい
なんか忠臣蔵の舞台で観客二、三人って感じだ。

母と二人で鳥居を潜ってお参りした。
なぜか御賽銭は20円ずつだった(-^〇^-)
幼い頃は『泥の河』みたいに50円とか握りしめて
駆け回ったものです。
だいたいイカ焼きのゲソで20円
あとの30円をどう使うが思案のしどころだった。

出店がたった二軒じゃあねえ
一応ポケットには二千円入れてきたんですが
見事に空振りだった。見逃し三振m(__)m

夏草やつわものどもの夢のあと

母の手を引いて境内を後にする。
芝生に足をとられぬようにゆっくりと。
まだ体力の戻っていない母は少し歩くと休憩する。
大きな灯籠を吊した街灯の下で立ち止まっていると
背後からしゅるしゅると打ち上げ花火の音がした。
ふりかえると海岸の先の夜空に大きな花火が
次々に打ち上げられはじめる。
それはこの閑散とはなんとも分不相応なもので
「ほらあの一本が数万円するんだよ」というと
へえええって母が感心して見入っていた。

なんかわたしたちのために、
みたいな感じで
ちょっと贅沢な気分だった。

それなりに母は楽しかったみたいですよ。
しかしなあ・・綿飴ぐらいは買いたかったよなあ