あかんたれブルース

継続はチカラかな

ひつまぶしじゃない

一昨日の続き
というかレビューじゃなくて
『白鯨』及び『白鯨との戦い』を通して
生死観というか「生きる」という本能というか
意思というか欲求について、考えさせられています。

あれほどの過酷な環境で
それでも生きようとするものだろうか。
自分におきかえて
わたしだったらすぐにあきらめてしまいそう。
これは格好つけてるわけでなく
そこまでの執着がよく理解できないのです。
これは『夜と霧』でも考えさせられている
私的な思いなのですが
わたし個人の意識というよりも
これは日本人特有のものではないかとも思うのだけれど
どうなんだろう。

宗教とか文化とかが関係するのかなと思う反面
ゆきゆきて神軍』の白豚黒豚の共食いもあったわけで
追い詰められた極限では関係ないのかもしれない。
こういった「共食い」のレアケーススタディを持ち出すか
戦国時代の「城を枕に」とそれ以降の「切腹
そしてアッツ島から公式発表されトレンドとなった「玉砕」
から日本人特有の思想的背景に根差している、となり
山中鹿之介とか石田三成などはレアケースとなる。

自殺を禁ずるキリスト教
殺生を戒める仏教
ジハードを信奉するイスラム
それぞれですが
日本の場合ちょっと異なるようです。
現代でも「心中」という発想が受け継がれていることからも
それはいえるのではないか。

生きることと死ぬこと
考えるまでもなく前者が断然正しい。
だけどさ、
もっと正しいのは
「生きることと死ぬことは同じ」という
同等思想であって
それをわかりやすくいいかえれば
「生きかた」「死にかた」であり
どう生きたかどう死んだか
ではないだろうか


そういうあなたにとっての人生は?


俺?
いまだったらきっぱりいえる

暇つぶしだよ。