真実は小説より奇なり。と申しますが、バーチャルが現実を凌駕する昨今、
世のダイナミズムを受け止める手立て糸口が見あたらないのも悲しいところです。
桂太郎を明治の最大のラッキーガイとするならば、
日本海軍の父・山本権兵衛こそ明治最大のナイスガイであります。
もし、本日のご訪問者が女性であって、「いい男」を熱望するのであれば
多分彼にトドメ射す。のではなかろうか。
仮にあなたが貧しい雪国の山村から品川の遊郭に売られたきた薄幸の少女だったとしまよう。
自分の身の上話を熱心に聞く、若い客がいます。妙に熱っぽく怒ったような顔をして。
彼は海軍兵学校を卒業したばかりの少尉候補生。
そして、彼は頷くと此処から逃げて俺と所帯をもとうと言い出すのです。
数日後、築地から一艘のカッターが品川を目指します。約束通りこの男は仲間を指揮して
あなたを救出に参ります。この白馬の不良番長こそ若き日の山本権兵衛。
そして、あなたはその妻「トキ」。
婚礼の初夜、山本権兵衛は一枚の書面を差し出します。
そこには五カ条だったか七カ条かの結婚の誓約が書き連ねてあります。
夫婦は礼節を守り、仲良く、そして最後のひとことは、
妻以外の女性を愛したりしない。
山本権兵衛が戦艦の艦長時代にこの新妻を艦上見学させた目撃談が残っています。
男尊女卑の薩摩出身、明治という時代の中で、夫人の履き物を揃える権兵衛の姿は
周囲を驚愕させたとか。
この男、ただの男じゃないのです。抜群のリーダーシップを有するカリスマ。
海軍兵学校(寮)時代は薩摩グループのリーダーとして暴力の限りを尽くした大悪党。
大佐時代は海軍次官として藩閥人事刷新の大リストラを敢行させた豪腕辣腕家。
旗艦「三笠」の手付け金捻出に文部省の予算を流用した大胆不敵。
海軍を担う後継者を藩閥以外で構築した種まき権兵衛。あら?
日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた六六艦隊の産婆さん。あれ?
「信念のひと」です。「漢」だな。
酒は一滴も飲みませんが、腕っ節は胆力は超弩級。みんな恐れた鬼大将です。
あの上村彦之丞(第二艦隊司令官)も酒癖が悪いとぶん殴られていますからね。
山本権兵衛はあの約束を生涯守り通して、トキ子夫人を仲良く暮らしました。
「英雄色を好む」は、こと権兵衛だけには通用しなかったようです。