あかんたれブルース

継続はチカラかな

愛の劇場「彦市とおきみ」の人生劇場

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愛の十字架(13)


 尾崎士郎原作の『人生劇場』は何度も映画化され
 『花と龍』と共に仁侠(極道)文学の最高峰に数え上げられます。

 この作品の「残侠篇」に登場する「飛車角」は実在の人物がモデルになています。

 その男の名を石黒彦市といい、哀しいヒロインは「おきみ」といういいます。

 横浜の本牧にキヨホテルという高級娼館がありました。

 おきみはそこのナンバーワンの娼婦。

 彦市はそこで客としておきみと出会い、二人は恋に堕ちてしまいます。

 彼女を自由の身にして独占するには莫大な身請け金を支払わなければならない。

 一匹狼の無頼漢にそんなものはありません。

 彦市は友人の「誘拐清水」を協力させて、おきみを「足抜け」させてしまう。

 「足抜け」とは娼家から無断で遊女を逃がす。つまり、誘拐ですね。
 勿論、娼家もその対抗策として、やくざや用心棒を雇っていました。
 「誘拐清水」は元は女衒で、女性を商品として扱うプロだったのです。

 計画は成功し、二人は「愛」を独占します。

 まさぐり合う愛のるつぼ。「彦さん、わたし恐い」この幸せを恐れるおきみ。
 この濡れ場こそ、「人生劇場」いや日本映画史上の最大集中豪雨。書いてて恥ずかしい(汗)。

 キヨホテルの追っ手を逃れるために凶状旅、愛の逃避行が始まります。

 それぞれの土地の親分の世話になって行くのですが、そこには一宿一飯の義理が生まれる。
 その親分が敵対関係の組織と抗争状態になれば、積極的に助っ人として義理を返す義務です。

 で、抗争発生! 彦さん、頼んだよ。

 そして、彦市は敵対組織の人間を殺害して、単独逃走を強いられます。

 「おきみ、ほとぼりが冷めたら迎えにくるぜ。それまで親分の世話になったな」

 けれども、これが永遠の別れとなります。それを二人はまだ、知らない(涙)。

 なんと、誘拐清水が彦一は逮捕されて二度と娑婆には戻ってこないだろうと考えて、
 言葉巧みにおきみをキヨホテルに戻してしまいます。二百円の懸賞金に目が眩んだ。喝!

 それを知った彦一は激怒。そして、誘拐清水を鎧通しでブスリ。
 翌日、自首して懲役七年の刑を前橋刑務所で務めます。(前の出入りの殺人は不問)

 おきみはその後、満州に渡ったとか。

 そのことを人づてに聞いた彦市は、「ほう」と言うだけで、それ以上は尋ねなかったそうです。

 後年、彦一はおきみのことを
 「ありゃ、夢のようなできごとでした。いい女でしたが、こっちは牢獄のなかですから
  待っていてくれともいえやしない。もうすっかりあきらめてしまいましたよ」と
 顔をゆがめ、苦しげな表情をして語ったそうです。

 
   さて、

   なぜ彦市は誘拐清水を殺す行動以前に、おきみを再び救い出す行動に出なかったのか?

   あれだけ愛し合った二人なのに。

   なぜ、おきみは彦一を待てなかったのか?

   無頼漢や娼婦なんて無教養で短絡的な人間だからですか。浅はかだと笑う?
   それとも二人の愛はそんなものだった?
   

 石黒彦市は昭和十七年に新橋第一ホテルで親友の村岡健次が放った刺客によって、
 胸と腹部に四発の銃弾を受けて絶命。

   なにか、おきみを失ったあとの彦市は生き急いでいるようでもありました。

   戦争の跫音がさらなる高鳴りで人々を昂揚させていた時代のお話です。