あかんたれブルース

継続はチカラかな

叶恭子>星一徹>明子 という愛のキャパ

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愛の十字路 第二章(7) 生物


 「君はボクがいなくても生きていける。
  けれども、彼女はボクがいないと駄目なんだ、、、。」

 男と女の別れのスタンダードナンバーです。

 そして、自立できる女たちは歌う。 ♪ れ〜い〜子〜っ、

 
>今晩は馬太郎さん、男性はよく頼りない女性を求めるようですが ホント?
>それって庇護したいっていう力の誇示なの?


 そうですねえ。。。確かに男性というものにはそういった趣向があるかもしれません。

 それにも個人差やスケールはあるでしょう。
 それも相性であり、格付けの因果関係だとは思いますが、基本的な摂理なんでしょう。

 男女平等は叫ばれ続けてはいますが、目聡い女性はそこを見抜いていますかなね。

 か弱い女性を演じる。上手い人下手な人、そこにも個人差と相性がある。

 カンの悪い男性は飛んで火にいる夏の虫って感じでしょうか。

 その後、恐いぞ変身するぞ!


 それはさておき、この逆だってあります。

 詳しい説明は誌面の都合で省略しますが、要は「母性本能」をくすぐる男です。

 そう考えるとすっきりしますね。

 世の中には
 騙される者と騙す者の二種類に大別される。と音夢嬢(「オレオレ詐欺事件」参照)

 つまり、世の中には
 守りたくなる人と守られてしまう人に二分される。

 そこに意図と演出があったとしても。
 また、比重の濃度で移動も可。時には役柄だって変えることもある。

 その意味で、星明子は断然「守られてしまう人」

 守りたい人手をあげて! はい! 花形満です。
             押す! 伴宙太です、星よ〜お(涙)。

 で、明子が守りたいのは、、、。飛馬、、、(涙)。

 で、結局、明子が選ぶのは、花形満ですね。

 で、気にくわないのが星一徹であり、勢いあまってチャブ台をひっくり返す。

 星一徹には一徹なりの好みがあって、多分、叶恭子だったらチャブ台はひっくり返さない。

 そして、飛馬が選ぶのは宮崎の薄幸の看護士という愛欲の相関図となります。


 人それぞれにキャパシティーがあるという証明です。

 一徹にとって叶恭子は偉大であり、畏怖さえするが、
 明子に対しては物足りなさを感じる。
 無き妻の面影? そんなのは訳知り評論家の戯言です。なんの意味もはたさない。
 それよりも、歪んだ彼のストイックな愛は、遍歴を繰り返し、オズマから
 傷心の伴宙太に注がれてしまう。これぞ、愛のどうどう地獄。違った?(汗)

 まっ、早い話がそういう訳であって、(こら!)

 文頭の台詞を突き付けられた女性はほくそ笑むといいんです。

 「ふふふ、『位負け』しおったか。この腰抜け」と。

 あなたにはあなたとガップリ四つに組める相手が必ず存在するはずです。
 頼る頼られるは「左前まわし」か「右前まわしか」の相四つであって、
 時には「もろ差し」だってある。それでも鏡を見て!ガップリ四つに組んでいます。

 前記のそれは
 「立ち会い」で吹っ飛んだか張り手で「死に体」、「猫だまし」でクルクルだったわけね。


 だから、自分を責めないでね。(なんか優しい)
 ブリッコは駄目よ、間違いの素。(間違いねぇ)

 さあ、丸い土俵に米俵が埋まっているぞ。
 四股ふめ四股を足腰を鍛えるんだ! ダイエットは二の次!
 



 ところで、左門豊作は?