あかんたれブルース

継続はチカラかな

快感という生き甲斐

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愛の十字路 第二章(20)オスカー・ワイルド(10)
セックスボランティア-4


 この本の最終章には75歳の老人の恋愛が語られていました。
 そう、本の冒頭で登場した酸素ボンベを背負い声を失った重度の障害者。
 それでも命がけで池袋の風俗に通う好色ジジイです。

 といっても、正月とか誕生日ぐらいですよ。
 車椅子なので介助者が必要です。
 社会福祉士の佐藤さんがリスク覚悟で連れて行ってくれるそうです。
 老人はその時に酸素ボンベを外します。
 苦しいですが死んでもかまわないそうです。
 命がけとはこのことで、佐藤さんのリスクがこれです。

 まっやく、困った老人だ。竹田さんといいます。

 竹田さんは生涯で一度だけ恋をしました。

 みどりさんという看護婦さんです。出会った頃は28歳、竹田さんは33歳。
 彼女が竹田さんの施設で働いていたのは50日ほどです。
 その間に竹田さんは淡い恋心を抱いてしまった。
 けれども、みどりさんは突然、その施設をやめて姿を消してしまいます。

 それから一年八ヶ月後、みどりさんが難病にかかり入院していることを知ります。

 竹田さんが彼女を見舞いにいくことで、二人の交際は再会しました。
 施設の障害者と看護婦という関係から、友人として。

 二人の交際は不自由な環境にありながら15年続きます。

 竹田さんはみどりさんから送られた手紙を見せてくれました。

 三十二通の手紙はまぎれもなくラブレータでした。

  「病院のベッドで、『もし、俺が死んだら、温かい風になってお前が悲しいとき、
   寂しいとき、お前の心を暖めてやりたい』いつも繰り返し言っていたわネ。
   窓に当たる風の音を聴き、今私は気付いたの。
   それがあなただったってことを。今日から決して窓を閉めたりはしないわ。
   あなたがいつも風となって私の処に来られるように」


 竹田さんはみどりさんとの15年間、一度も「好き」という言葉を口にしませんでした。
 決めていたそうです。どんなに好きでも、それが本当の恋であればあるほど、
 言わないことが彼女のためだと思っていた。

  「たったひとりのボーイフレンド」
  「ただひとりの男性」
  「私の心の恋人」

 みどりさんの手紙にはそういった言葉で竹田さんをよんでいる。
 それでも、竹田さんは「好き」だとは言えませんでした。

 一度だけ、みどりさんのほうからキスをされたことがあるそうです。
 彼の車椅子を押す彼女が、いきなり足を止めて、唇を押しつけてきたそうです。
 昭和54年9月。
   「私、こういうことをしたことがないから下手なの。ゴメンネ」
    通行人がもの珍しく見ていったが、彼女は意に介さない。
   「どうしてみんな見るのかしら? でもいいの。好きだから」

 その五ヶ月後、難病に絶望したみどりさんはノイローゼにかかり
 鉄道自殺を図ります。43歳だったそうです。

 竹田さんが宝物を見せてくれました。
 みどりさん形見である時計と片方だけのイヤリングです。
 自分が死んだら一緒に棺桶に入れて欲しいといいます。

 「 ミドリ サン ノ トケイ ハ トマッテイル カモシレナイ 」

 声を失っている竹田さんがキーボードを押して問いかけます。
 時計の時間は狂っていますが、確かに動いていました。

 
 なんか浅田次郎の小説風になってきましたね。
 『セックスボランティア』ってことでルポルタージュかと思ってたんですが(汗)。
 参っちゃいました。それで、読み飛ばした第一章に戻ってウルウルですよ(怒)。
 みどりさんが亡くなって2年後。竹田さんは風俗に連れて行ってもらうことを決心します。

 物語はその後、みどりさんのお墓を探して、
 竹田さんと著者と介護士二人が東北に向かいます。(仲介者に大金を要求されたり
 そして、自力でやっとの思いでみどりさんのお墓を見つけだす。
 「二十三年もごめんね」
 
 感動しちゃった。降参です。

 その後の話。
 著者が「もしも、みどりさんに会うことができたら何がしたいですか?」
 竹田さんは居酒屋に行きたいといいます。「今度居酒屋にいきましょう」
 それは、みどりさんが最後に言った言葉だったそうです。
 「ヤキトリ デ ヒヤノ ニホンシュ ヲ フタリデ カタムケテ……」

 またその後、竹田さんは気管から出血して入院。
 介護士の佐藤さんがいよいよと心配して「最後に誰に会いたい?」と尋ねます。

 かすれて声にならない声で竹田さんはこう言ったそうです。

 「 ソープランド ノ キョウコ サン 」

   「性は生きる根本だ」といっていた言葉の「性」には、
   セックスや性行為だけではなくて、もっと広い人と人との親密性や愛情としての
   「性」という意味があるのだろうか。

 著者がこういう風に綴ったのには、こういう風な物語と事情と思いがあってのことです。

   七十歳を越え、障害を持ち、死にかけて、
   命綱の酸素ボンベをはずしても性を人は手放せない。
   性に向き合う過程で私は立ちつくすことばかりだったが、
   この話を聞いて、哀しくもおかしい気持ちになりながら、
   同時に清々しい思いがわきあがってきた。
   性とはかくも性と切り離せないものかと。

               (『セックスボランティア河合香織
                文中行下がりは本文ママ



   ○快楽は人が生き甲斐にすべき唯一の物だ。
    幸福ほど古びるものはない。

 「快楽」という言葉には、セックスや性行為だけではなくて、
 もっと広い意味の「快楽」があります。
 ましてクスリじゃないぞ。お金や出世や露天風呂だけじゃない。
 オスカー野郎に騙されてはいけない。それは言葉のトリック

 
ビジュアルはひろさんの「健康日誌」より提供頂いてます。
http://blogs.yahoo.co.jp/bitter_sweets02