あかんたれブルース

継続はチカラかな

経験という名の電車

情動の知性(5)コミュニケーション能力(廿三)



 コミュニケーション能力という観点から「人間通」という
 少し古めかしい言葉を思い浮かべます。

 石川島播磨重工業の社長になった田口連三は父を小学校にあがる前に亡くし、
 その頃から一家の長として働いた苦労人でした。彼は言う。

 「底辺の人間がやることはほとんど経験して、のちに営業の仕事に進んだ時、
  その経験は非常に役立った。
  相手の気持ちをつかみ、こちらの誠意をぶつけて交渉するのは、
  青白いインテリの世界と違うからだ」

 経験。

 人間の観察力にはこの経験というものが大きくものをいいます。


 ホテルニューオータニを建てた大谷米太郎は富山の貧農の家に生まれ、
 31歳まで一家を養うために小作人として働いていました。

 わずか20銭を親から借りて上京。日雇い人夫からはじめた人です。
 風呂屋、酒屋、米屋なども経験した苦労人です。

 力自慢だったのでしょうねえ。相撲取りを目指して両国にいった。
 (本当は相撲巡業でアメリカにいけるというのが動機)
 前頭筆頭までなります。が、指に障害をもっていたことから力士を断念。
 酒屋を開業します。

 そこで三菱鋼材に出入りする縁をもち、重工業の世界に足を踏み入れる。

 大谷重工業を起こした彼は「鉄鋼王」と呼ばれるまでになる。

 が敗戦ですべてを失う。なんか人生双六ですね(笑)。

 しかし朝鮮戦争の特需で息を吹き返すと、企業再建事業に乗りだし、
 東京オリンピックの開催に伴ってホテルニューオータニを建設する事業を起こした。とさ

 彼の異能とは、初対面の人でもすぐに友達になれたところ。彼は言う。

 「私は始めてあった人でも、その人の心、性格を見抜くことができる。
  私は人並み以上にカンがいいと言えるだろう。
  ひとことで言えば頭がいいというわけだ」と臆面なく笑う。

 
 そんな立志伝中の人物を持ち出してと、ハナを鳴らしちゃあいけません。

 彼らは共通して貧乏で底辺から這いずってきた者です。
 色々な人間や世間を見て経験して来たわけだ。

 現在の私たちは到底できっこない。
 時代も環境も違う。

 でもね、この当時からインテリはいたわけです。恵まれた。

 私たちはどこかでその青白いインテリになっているのではないか。

 そして私たちは他人に興味を持たない。

 私たちはみんな一様に、身勝手で臆病で面倒くさがり屋さんなのだ。