笑う馬(3)
知的な女性に弱いんだよね。
たまらなく、知的な女性を知っている。
彼女は私を「かしこやし」と揶揄して、「うちはアホや」と卑下します。
私の記事が難しいと苦情を訴える。
でもね、彼女は私が今まで知り合った女性のなかで
とっびきりの知性を有している。
昨日の彼女のコメント。
「 うちアホだもん!!
今はアホじゃなきゃつうかアホにならなきゃ結構やってけなかったりすんじゃん。
だから悲しみの皺もありつつ逆にうちはそれが全て幸せ皺かも!!(やっぱちゃうかな??)
こんな感じかな(汗)。 」
こんな感じ(笑)。
そして、私が「笑う馬(3)」で用意してあった次郎さんの言葉は、
「 これまでいろいろな人間にあってきたけれど、共通して言えることは、
ロウアー(低下層にある)な人間ほど
明るい、底辺に行けば行くほど人間は明るくなるということ。
逆に、不思議な現象で上に行けば行くほど人間が暗くなる。
何が暗いって、永遠のお坊ちゃまみたいな奴だよ。
食うことに不自由しない、未来を考えない。それが、暗いんだよ。
「こいつ、なんでこんなに物に不自由してないのに暗いのかな」って。
人を笑わせるにしたって下手だしさ、
つまんないギャグ言っちゃ周りが義理笑いで、「ワッハハハ」っていう。
ロウアーの社会の冗談はもっとぜんぜん切れるよ。
それはしょうがないんだよ。
言ってみれば現実逃避と現実湖塗。
笑っていなけりゃ泣けてぃるような世界で生きているんだから。
だから、
笑いっていうものは天性のものではある。
ではあるけれど、
本当の笑いっていうのはハイソサエティの社会の中にはない。
涙を知らないから、笑いも知らない。 」
(浅田次郎『待つ女』より)
こんな感じ。
彼女はとても知的だ。
知性とはそういうものです。笑いの本質とはそこにある。
人間の深みっていうものは、そういうことなんだよね。
こればかりは、年齢を重ねても、経験を積んでも、わからない人はわからないかも。
資質とか姿勢とか、その人の地金のようなもの。私はそれを知性という。
知性とは、思いやりがあって、温かく、さり気なく、深いものです。
しなやかで、気高く、強い。そして、深い。
やっぱ、深いよねえ。そして眩しい。