あかんたれブルース

継続はチカラかな

信じて頼ること




わたしたちは「他人に迷惑をかけないように」と教えられてきました。

それは決して間違いじゃない。

けれども、それをほんのすこし違った角度から考えれみれば、
本当は他人に迷惑をかけていない者などいない。

誰かが儲かれば誰かが損をして、誰かが成功すれば誰かが失敗している。
誰かが満たされるために誰かが飢えていることもあります。
優勝者の栄光に多くの敗者が存在する。そのすべてを迷惑とは言えないのですが、
人間の存在自体がおおくの迷惑のなかに立っていると考えられなくもありません。

子供は親に迷惑をかけて成長していきます。

人は生かされている。

これは誰でも一度は耳にした言葉です。けれども、
ついつい一人で生きているような錯覚に堕ちることが多いものです。

孤独の正体もそこにあるのかもしれません。

そして、わたしたちは「依存」という言葉に神経をとがらせてしまう。

「信頼」という言葉を思い浮かべてみてください。

わたしたちは本当は、みんな信じることを願っています。求めている。
信頼しあえる関係を望んでいる。

信頼とは信じあい、頼りあえるものです。

依存してもかまわない。要はその質の問題ではないでしょうか。
これは過度の依存とか依存症というものは区別して考えなければいけない。

所詮、人間は一人なのだという人もいる。
そのあとに人間の自主独立の意義を説きます。
それも間違いではありませんが、それは次元の違う話だと解釈すべきでしょう。

しかし、もし人が一人ならば、「人」という字は「|」と表したはずです。
人は一人では生きていけません。

「他人に迷惑をかけないように」という考え方も、
人間は誰しも大なり小なり他人に迷惑をかけて生きていることを実感すれば、
ほんの少し余裕ができて、もう少しやさしくなれると思うのです。

やさしさは強さでもある。
信じることは勇気を要することかもしれません。
そして人は、頼り頼られてこそ生きていけるものです。




人は生かされている(2)