あかんたれブルース

継続はチカラかな

むやみに出しゃばるな!

イメージ 1



杉山茂丸の著書『乞食の勤皇』では
南朝の正当性を訴えているのですが、それと同時に
「別に出しゃばってむやみに勤皇を吹聴せぬでも良いのである」
という批判を浴びせています。

むやみに出しゃばるな! と杉山茂丸は言った。
誰に?
明治政府の高官たち、つまりは維新の功労者を自認する
藩閥政治の者達、いや長州閥の連中かな。

南北朝正閏とは、
どちらも、正統ではないが偽物ではない。

それは一見、杉山と正反対の態度と行動を示した
頭山満とて同じであって、いたずらに混乱を招くことへの
悲憤だったのではないか。

もし仮に孝明天皇を長州派が暗殺し、南朝末裔だとする
大室寅之祐を本来の明治天皇とすり替えたとしたら、ですが
明治以降は南朝系の皇室になります。

さて、この明治44年南北朝どちらが正統かの
教科書問題が世間を騒がせたときに「大逆事件」が起こっています。
幸徳秋水らによる天皇暗殺未遂事件。

一般には社会主義者弾圧のために捏造されたものだいわれるこの事件。
その法廷での幸徳秋水の証言には
「いまの天子は、南朝の天子を暗殺して三種の神器をうばいとった北朝の天子ではないか」
とあったのが南北朝正閏問題に火をそそいだ。

その後、虎ノ門事件、朴烈事件、桜田門事件と引火していきます。

   また、それ以前の伊藤博文暗殺でも
   犯人・安重根は伊藤殺害の動機に
   「伊藤は畏れ多くも天皇を暗殺した大罪人・・・」
   という爆弾発言が法廷で飛び出したとも。


それでも杉山は「出しゃばって」とした。
南北朝正閏とは、どちらも、正統ではないが偽物ではない。

さらに、頭山は後の宮中某重大事件天皇家に干渉する山県有朋
宮中の杉浦重剛と共に糾弾、攻撃し、
失脚させ、政治生命を奪い、憤死させている。
この事件は後の昭和天皇のお妃に内定した良子女王が薩摩系の色盲の遺伝を
理由に反対したことから起こったものです。
歴史的にはこれを薩摩対長州の派閥抗争と捉えられていますが
頭山は福岡藩出身で薩摩閥にはなんら義理はない。
それよりも杉山茂丸同様に
「出しゃばるな」というところでしょう。

南北朝正閏とは、
どちらも、正統ではないが偽物ではない。

なにをいいたいのかといえば、
国士としてわたしが認める頭山満杉山茂丸
南北どちらでも正統であるとしていた。
むしろそれにこだわったのは長州閥であった。
昔、ローマ帝国は国をまとめきれなくなって
それまで弾圧していたキリスト教を国教にして保とうとしました。
維新の原動力に尊皇攘夷があり、
攘夷は開国にすり替えられいく。それは仕方ないことだった。
尊皇は、それはそれは厄介な問題を孕んでいた。
長州はそれを幕末からずっとこだわって引きずって
出しゃばってしまった。ということでしょうか。

時代は天皇主権説、天皇機関説・・・
統帥権の問題
二二六事件へ

その頃、堀川辰吉郎は中国大陸にある。




分類は「若宮」
明治男前烈伝(10)堀川辰吉郎(7)

南朝北朝どちらでもいいというのは
南朝後醍醐天皇大覚寺統で、北朝光厳天皇は待明院統。
天皇家はこの両統が交互に就く慣習になっていました。
この対立を生んだのは鎮守府将軍藤原基頼と、その後の後嵯峨上皇です。
調停に乗り出した鎌倉幕府
「両者の子孫の間でほぼ十年をめどに交互に皇位を継承(両統迭立)し、
 院政を行うよう裁定された。」とした。
後醍醐天皇の五代前の話です。

写真は暗殺されたとの巷の噂の孝明天皇
画像が小さくてすみません(汗)