あかんたれブルース

継続はチカラかな

不敬として葬られた文部大臣

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ということで、幕末から明治、そして戦前の二二六事件まで
日本の歴史は暗殺テロ事件で血に染められていた。

そのなかで

明治二十二年二月十一日の大日本帝国憲法発布式典の朝。
文部大臣・森有礼
国粋主義者・西野文太郎に刺され、翌日死亡します。

この凶行の動機は
森が伊勢神宮に参拝し、社殿の御簾をステッキでどけて中に祀られていた
三種の神器のひとつ「八咫鏡」を覗いたと報じられた。ことによる。
「ふん、こんなものか」と言ったとか言わないとか。


天皇家の正当性の証として、三種の神器というものがあります。
後醍醐天皇南北朝抗争のとき、
これを北朝に渡さざる負えなくなるのですが、
「ははは、あれは偽物さ」というドラマチックもあったようです。

三種の神器とは
天孫降臨の時に、天照大神から授けられたとする「鏡」・「剣」・「玉」。
日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物。

三種の宝物とは、「八咫鏡」・「八尺瓊勾玉」・「天叢雲剣」(「草薙剣」)のこと。

現在では八咫鏡伊勢の神宮皇大神宮
    天叢雲剣熱田神宮に神体として奉斎。
    八尺瓊勾玉は皇居の御所に安置されている。そうです。


新聞には森と名指しではなく、某大臣でしたが
読者はピンときました。

森有礼は薩摩の人ですが、急進的な洋化主義者だった。
日本語を廃止して英語の国語化を提唱し、
逆にエール大学の言語学教授ウィリアム・ドワイト・ホイットニーに
窘められてもいる。

それほどに、その頃の日本人のなかには
欧米に対するコンプレックスが強かったのです。
はやく西洋列強に追いつかなければならない。そういった焦りは、
教育・文化だけでなく体格までおよび、混血することで手っ取り早く近づく
という乱暴な発想もあったほどでした。ホントですよ。

骨格を太くたくましくするにはカルシウムというわけで
カルミン」なる菓子が発売されたりしますが、今でもそれはある。
カルシウムとミントで「カルミン」ですからね。明治製菓です。

とにかく、森有礼は「不敬」ということで暗殺された。
(煽り立てたマスコミの責任も大きい)

尊皇攘夷というスローガンで明治は誕生しましたが、
そこには、開国・近代化、不平等条約改正とともに
尊皇攘夷からの神話的迷信頑迷も横たわっていたわけです。
そういったなかで
天皇家南北朝正閏問題はあった。

その予感は新政府樹立当初からあったのでしょう。

「不敬として葬られた文部大臣」
葬ったのは政府でも長州閥でもはない。
マスコミと民衆である。
そして、カルミンはいまだにある。



分類は「若宮」
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