あかんたれブルース

継続はチカラかな

首のない秘密組織



杉山茂丸を警戒し近づけなかったのが
山本権兵衛です。

なにかの本には井上馨も入れていたようですが、これは間違い。
しいていえば、原敬があまり好ましく思っていなかったようですけどね。

権兵衛はなぜ杉山を毛嫌いしたのか?

陸軍、長州に近い存在だったから?

しかし、もし杉山が薩摩ワンワールドの手先であるならば
それはおかしい。

まさか、山本権兵衛ともあろうものが
本末転倒で日本より海軍を大切にしたとも思えない。

自負心の強い権兵衛ですが
彼が唯一尊敬していたのが西郷隆盛と従道の兄弟です。
権兵衛は確実に薩摩加治屋町サークルのメンバーでもある。

西郷隆盛征韓論から鹿児島に帰ったときも
彼はその後を追っている西郷シンパです。
このとき西郷に諭されて東京に帰ります。釈然としないまま。
西南戦争をドイツ戦艦での外洋訓練にあって西郷の死を洋上で知る。
彼の悲しみは計り知れないのですが、とは別に釈然としない。

後の実弟の従道に仕えるときに
西南戦争の真相(なぜ東京に二分して残ったのか?など)を
直接聞いている。
この内容は千早正隆『海軍経営者 山本権兵衛』にあるのですが
大したものではありませんでした。ごく当たり前のこれまで語られるもの。
そりゃそうですよね(汗)

薩摩三傑として西郷・大久保・吉井を上げられますが
維新までは完璧にそのリーダーは西郷隆盛でした。
在英ワンワールドの影響を受けたのは薩英戦争によります。
西南戦争までは新政府のほとんどを薩摩が独占したといっても過言ではない。
とくに軍隊においては。
それが西南戦争で二分され、陸軍は長州・山県の手に落ちてしまいます。

その二分された東京在留組には西郷の血縁で側近の従道と大山がいる。
もし、仮に薩摩ワンワールドというものがあれば
彼らこそその後継者であるべきだと思う。しかしそうはならなかった。
また、
血の気の多い野津兄弟、樺山なども東京に残って西郷軍と戦う。
長州の陸軍というけれど、その実戦指揮官は薩摩人が占めている。

そして、薩摩の海軍。

廈門事件で児玉は大山巌の了承をとっていたはずなのに
山本権兵衛はそれを直前で覆した。
そして、彼は杉山茂丸を近づけなかった。

そもそも、わたしは落合氏のいう「薩摩ワンワールド」というのが
いまひとつ理解できない。

その財政面のリーダーを松方正義が担ったいうが
杉山が松方と語らい、日本興行銀行の設立のために渡米する際、
その渡航費用が捻出できなくて長州の豪商・藤田伝三郎をたよります。
この頃の杉山にとって長州系は不倶戴天のものどもです。
なぜ、薩摩が資金援助しないのか?
それとも薩摩ワンワールドは高島同様に貧窮していたのか?

金のない組織が何を支配し何を動かすというのか。

ここで杉山茂丸に話を移します。

まず、落合氏が指摘する
なぜ、一介の書生風情が政府要人に面会して影響力を与えられたのか?
について。
ですが、ちょうど時間となりました。




分類は「若宮」
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