あかんたれブルース

継続はチカラかな

義太夫調の予言では品位を欠くか?



妖怪云々の話を持ち出して恐縮している次第なのですが
そういった物の怪を体制に恭順しないマイノリティーとすると
サンカなどの存在も天狗などとあわせて少しすっきりするような
気がします。気持ちだけですけどね。

で、詔とか祈祷とか念仏ふくての日本語について
出口王仁三郎や飯野吉三郎のオヤジギャグ的な駄洒落の話に戻してです。
こういった駄洒落がゆえに権威を損ねてしまうのですが
ここに「言霊」というキーワードを重ねてみてはどうでしょう。

本来の日本語の表記文字は片仮名と平仮名であって
漢字ははお隣中国からの外来語というか借り物です。
で、日本語と中国語は本来別物です。

そのためか結構いい加減に使用されている。
あて字が多いのです。
わたしの母親からの手紙もあて字だらけで苦笑しますが
明治のオリジナル文献を目にするときに結構このあて字に
唸らされるときがある。感心したり呆れたり。

音が同じだったら特に別にいいんだ。アバウト。
それは中国でも似たりよったりだと何かで読んだこともあった、よなあ。

和歌や俳句なのでそういった隠し言葉で暗号云々の話もあるわけです。

で、なにかというと
声に出す、音が重要なのだと。言霊とはそこにある。
だから駄洒落も暗号もあて字も馬鹿にできない。

数霊にしても『博士の愛した数式』とか観たり読んだりすると
数字のもつ不思議な力を感じます。算数苦手なわたしでも。

  「私」の誕生日からくる220と博士の腕時計の裏に刻まれた番号284が
  友愛数なのである。すなわち、220の自分以外の約数を全部足すと
  284になり、逆に284の自分以外の約数を全部足すと220になる。
  このようなペア、友愛数はきわめて稀(まれ)であることから、
  博士と「私」の間の特別な関係が示唆(しさ)される。

とかね。
これを寺尾聰深津絵里でやると頷けるのに
出口や飯野が宣うと臍で茶を沸かしたくなってしまう。たとえば
「やがては降らす雨利加(アメリカ)の数より多き迦具槌(かぐつち)に、
 打たれて砕かれ血の川の憂瀬(うきせ)を渡る国民(くにたみ)の、行く末深く憐みて…」

これは明治36年日露戦争前年)から大正6年にかけて出口王仁三郎執筆した
『大本神歌』のなかのひとつで日米戦争を予言したものといわれます。
その他に「天の鳥船天」とかもあって物量的な米軍の空襲(B29)を暗示しているとか。
ノストラダムスの四行詩は出口王仁三郎だと義太夫調になってしまうところが
なんともユーモラスというか軽い(涙)。
日蓮が『立正安国論』で蒙古襲来を予言したのとは雰囲気が異なりますが
日露戦争前年、もしくは大正6年までに日米開戦を予言したことは
評価してもいいかもしれない。

また、官憲からの弾圧で検挙せられ出頭する際には
「大本はいじればいじるほど大きくなるわいな」と股間を指さしたと(苦笑)。

王仁三郎の狂歌から
「ころころと背筋つたいて首の辺(べ)に
 爆発したり風呂の湯の屁は」
なんともイカス御下品様ではないか!

そして講話での神の説明は
「いうにいわれずとくにとかれず、これは親爺のハゲ頭のようなもの」
ときたもんだ。素敵だ。

馬鹿じゃないんだ。分裂する前には
谷口雅春(後の生長の家総裁)や岡田茂吉(後の世界救世主教主)などもいた。
飯野が政財界にシンパがいたように
王仁三郎の大本教にも皇室では昭憲皇太后の姪で鶴殿ちか子男爵夫人や
岩下子爵、山田春三宮中顧問官などが熱心な信者でした。
陸海軍でも講師を派遣するほどの親密な関係。
そして堀川辰吉郎も。
(因みに飯野は貞明皇后をファンにしました。)

でも、政治家とマスコミには糾弾され弾圧されたのですね。
飯野との違いは政財界にはあまりウケなかったようです。
マスコミにはどちらもパッシングされますが。
そんな飯野も最終的は大逆事件に関与したとされて
信用を失墜してしまうわけですが・・・。




分類は「若宮」
明治男前烈伝(10)堀川辰吉郎(13)近現代史のなぞなぞ(23)
あと一回やったら孫文の中国革命に話を進めます。まったく匍匐前進だあ(汗)